伊勢物語(八十六段)

伊勢物語(八十六段)
  むかし いと若き男 若き女をあひ言へりけり おのお
  の親ありければ つつみていひさしてやみにけり 年ご
  ろ経て女のもとに なほ心ざし果さむとや思ひけむ 男
  歌を詠みてやれりけり

今までに忘れぬ人は世にもあらじ
  をのがさまざま年の経ぬれば


  とてやみにけり 男も女もあひ離れぬ宮仕へになむ
  いでにける

むかし まだ親の庇護のもとある若い男が 若い女と愛し合
っていた 男も女もそれぞれ親がいたので 気兼ねをして語
らひを中途で止めてしまった 何年か経って 女のもとに
やはり目的を遂げやうと思ったのであらうか 男は歌を詠ん
で送った


今まで忘れないでいる人なんて まさかいないでせう
お互いにそれぞれの生活を持って年が経ったのですから
もう私のことなんか お忘れになってしまったでせうね


と詠んで それきりになってしまった 男も女も離れること
の出来かねる宮仕へに出ていたのだ

あひ言へり = あひ言ふ 互に愛し合ふ
あひ離れぬ = あひ は 離れる を強調する接頭語

なんとも はっきりしない段です
煮え切らない男だと思へば 納得できぬこともありませんが

伊勢物語(八十五段)

伊勢物語(八十五段)
  むかし 男ありけり わらはより仕うまつりける君 御
  髪おろし給うてけり 正月にはかならずまうでけり
  おほやけの宮仕へしければ 常にはえまうでず されど
  もとの心うしなはでまうでけるになむありける むか
  し仕うまつりし人 俗なる 禅師なる あまたまゐり集り
  て 正月なればことだつとて 大御酒たまひけり 雪こ
  ぼすがごと降りて ひねもすにやまず みな人酔ひて
 「雪に降り籠められたり」といふを題にて 歌ありけり

思へども身をしわけねば目かれせぬ
  雪のつもるぞわが心なる


  とよめりければ 親王 いといたうあはれがり給うて
  御衣ぬぎてたまへりけり

むかし 男がいた 元服前からお仕へしていたご主君が出家
してしまはれた 男は 一月には必ずご挨拶に参上していた
男は宮仕への身であったので 絶えず伺ふわけにはいかない
しかし 昔 お仕へしていた頃の気持ちを忘れることなく
お伺ひしていた その君に僧でない人も 僧になった人も
大勢の人が集って 正月だから特別だといふわけで ご主君
がお酒を振舞はれた 雪が激しく降って 一日中 止まず
皆お酒に酔って 「雪に降り籠められた」というのを題に
して 歌を詠むことになった


いつも我が君のことを思っておりますが 公の務めと二つに
身を分けることが出来ませんので 今 絶へ間なく降る雪が
こんなに積もって ここに閉じ込められるのは むしろ私の
望みに叶ったことなのです


と詠んだので 親王はたいへん感じ入られて 着ていた衣を
褒美に下さった

仕うまつりける君 = 惟喬親王のこと
身をわく = 身体を二つに分ける
目かれ = 目離れ 絶え間のあるの意
御衣 = おんぞ  ぬぎて = 褒美として与へる為

伊勢物語(八十四段)

伊勢物語(八十四段)
  むかし 男ありけり 身はいやしながら 母なむ宮なり
  ける その母 長岡といふところに住み給ひけり 子は
  京に宮仕へしければ まうづとしけれど しばしば
  えまうでず ひとつ子にさへありければ いとかなし
  うし給ひけり さるに十二月ばかりに とみのこと
  とて御ふみあり おどろきて見れば 歌あり

老いぬればさらぬ別れのありといへば
  いよいよ見まくほしき君かな


  かの子いたううち泣きてよめる

世の中にさらぬ別れのなくもがな
  千代もといのる人の子のため


むかし 或る男がいた 官職は低かったけれども 母親は
皇女であった その母は長岡といふところに住んでいた
子は 即ちその男は宮仕へをしていたので 母宮のもとに
参上しゃうとしたけれど あまり頻繁には伺へなかった
たった一人の子供でもあったので 母宮はとても可愛がって
おられた さうしている内に 十二月頃に急の用件といって
手紙があった 何事かと驚いて見ると 母宮の歌があった


年をとると だうしても避けることの出来ない死別といふ
ものがあるから ますますあなたに逢ひたひと思う
いつ死ぬかも分からないから 今すぐ逢ひに来て欲しい


世の中に死別などといふものがなければいいのに
親が千年も長生きするやうにと祈っている子供のために


身はいやしながら = 官位としての身分は低かったが
母なむ宮なりける = 業平の母は桓武天皇の皇女
まうづとしけれど = 母のもとに参上しゃうとしたけれど
えまうでず = なかなか参上出来ない
ひとつ子にさへ = 業平は阿保親王の第五子であるが
  母(伊登内親王)にとっては一人子
いとかなしうし給ひけり = 大変可愛がられた
とみのこと = 急なこと
さらぬ = 避らぬ・避けることの出来ない

この母子の贈答歌は
古今集 巻第十七 雑上 に次の詞書を伴って出ています


  業平の朝臣の母の内親王 長岡に住み侍りけるに
  業平宮仕へすとて時々もえ罷り問はず侍りければ
  師走ばかりに母の内親王の許より「とみの事」とて
  文をもてまうできたり
  あけて見れば詞はなくて ありける歌

老ぬればさらぬ別れもありといへば
  いよいよ見まくほしき君かな

  返し    業平朝臣
世の中にさらぬ別れのなくもがな
  千代もとなげく人の子のため

伊勢物語(八十三段)その二

伊勢物語(八十三段)その二
  かくしつつまうで仕うまつりけるを 思ひのほかに
  御髪おろし給うてけり 正月に拝みたてまつらむとて
  小野にまうでたるに 比叡の山のふもとなれば 雪いと
  たかし しひて御室にまうでて拝みたてまつるに つれ
  づれと いとものがなしくておはしましければ やや久
  しくさぶらひて いにしへのことなど思ひ出で聞えけり
  さてもさぶらひてしがなと思へど 公事どもありければ
  えさぶらはで 夕暮にかへるとて

忘れては夢かとぞおもふ思ひきや
  雪ふみわけて君を見むとは


  とてなむ泣く泣く来にける

このやうに親しみながら 親王のもとに参上して お仕へ申
し上げておりましたのに 親王は思ひがけなくも 出家され
てしまった 翁が年始のご挨拶に行かうとして 親王が隠棲
された小野に参上したところ 比叡山の麓だったので雪がと
ても深かった 無理を押して親王のお部屋へ拝顔を申し出
ると 親王は手持ち無沙汰で とても淋しさうなご様子で
いらっしゃるので 大分長いことお側にいて 昔のことなど
思ひ出し お話申し上げた このまま親王のお側にいたいと
思ったが 宮廷での儀式や行事があったので お側に留まる
ことも出来ず 夕暮れに帰るといふので


これが現実だといふことを忘れて 夢ではないかと わが目
を疑ひます このやうに高く積った雪を踏み分けて
わが君にお目にかかりに来るやうにならうとは
考へたことがありましたでせうか


と詠んで泣く泣く都に帰ってきた

まうで = 参上して
御髪おろし給うてけり = 出家されてしまった
拝みたてまつらむ = 新年の拝賀をしゃう
しひて = 強いて
つれづれと = ただ一人つくねんと寂しげに
聞えけり = 申し上げた 「聞こへ」は「言ふ」の謙譲語
さてもさぶらひてしがな = そのまま おそばにいたいものだ

古今集 巻第十八 雑歌下 970 には長い詞書がついている


  惟喬の親王の許にまかり通ひけるを 頭おろして
  小野といふ所に侍りけるに正月に訪はむとて
  まかりたりけるに比叡の山の麓なりければ雪いと
  深かりけり しひてかの室にまかりいたりて拝み
  けるに つれづれとしていともの悲しくて
  帰りまうで来てよみておくりける  業平朝臣

忘れては夢かとぞ思ふ思ひきや
  雪ふみわけて君を見むとは

伊勢物語(八十三段)その一

伊勢物語(八十三段)その一
  むかし 水無瀬にかよひ給ひし惟喬の親王 例の狩しに
  おはします供に 馬頭なる翁つかうまつれり 日ごろ経
  て宮にかへり給うけり 御送りして とく去なむと思ふ
  に 大御酒たまひ禄たまはむとて つかはさざりけり
  この馬頭 心もとながりて

枕とて草ひき結ぶこともせじ
  秋の夜とだに頼まれなくに


  とよみける 時は三月のつごもりなりけり
  親王 大殿籠らであかし給うてけり

むかし 水無瀬離宮に通はれていた惟喬親王が いつものや
うに鷹狩に行かれるお供に 馬の頭であった翁 (業平) が
お仕へ申し上げた 何日か経って 都の宮へお帰りになった
翁は親王をお見送りして 早く帰らうと思ったが 親王は
お酒を下さり ご褒美を下さらうとして お帰しにはならな
かった 翁は 気がかりなので


ここで旅寝の草枕を結ぶことはしますまい
秋の夜ならば夜長を頼みに ゆっくり出来ますが 春の短か
夜では その頼みも無理でせうから
(久しぶりに早く帰って 愛人と逢ひたひので 失礼します)


と詠んだ 時は三月の下旬であった 結局 親王は おやす
みにならないで夜を明かされた

例の狩しにおはします = いつものやうに狩に行かれる
馬の頭 = 業平  つかうまつれり = お仕へ申し上げた
日ごろ経て = 水無瀬で何日か経って
宮に = 都の御殿に
とく去なむ = 早くわが家へ帰らう
禄たまはむとて = ご褒美を下さらうとして
つかはさざりけり = さうは させなかった
心もとながりて = 気がかり (早く帰って愛人に逢ひたひ)
枕とて草ひき結ぶ = 旅寝の草枕を結ぶ
大殿籠らで = 寝ないで 「おほとのごもる」は「寝る」

惟喬親王は業平に側にいて欲しかったのです

伊勢物語(八十二段)その二

伊勢物語(八十二段)その二
  御供なる人 酒をもたせて野より出できたり この酒を
  飲みてむとて よき所を求めゆくに天の河といふ所に至
  りぬ 親王に馬頭 大御酒まいる 親王ののたまひける
  「交野を狩りて 天の河のほとりに いたるを題にて 歌
  よみて杯はさせ」とのたまうければ かの馬頭よみて奉
  りける

狩り暮らし棚機津女に宿からむ
  天の河原に我は来にけり


  親王 歌をかへすがへす誦じ給うて 返しえし給はず
  紀の有常 御供に仕うまつれり それが返し

一とせにひとたびきます君まてば
  宿かす人もあらじとぞ思ふ


  かへりて宮に入らせ給ひぬ 夜ふくるまで酒飲み物語
  して あるじの親王 酔ひて入り給ひなむとす 十一日
  の月も隠れなむとすれば かの馬頭のよめる

あかなくにまだきも月のかくるるか
  山の端にげて入れずもあらなむ


  親王にかはりたてまつりて紀の有常

おしなべて峰もたひらになりななむ
  山の端なくは月も入らじを


お供の人が酒を運ばせて 野原の方からやってきました
この酒を飲もうではないか と 適当な場所探して行くと
天の河といふ所に着きました 親王に馬頭がお酒をすすめ
ました 親王のおっしゃるには 「交野を狩して 天の河の
ほとりにやってきたのを主題にして 歌を詠んだ上で酒を飲
もう」とおっしゃったので かの馬頭は詠みました


一日中 狩をして夜になったので 今夜は織女に宿をからう
私は天の河原にやってきたのだ


親王は歌を何回も声に出して詠まれて あまりの上手さに
返歌をなさることが出来ない 紀の有常がお供にお仕へし
ていました その有常が返歌を詠みました



織女は 一年一度おいでになる親王を お待ちしているのだ
から あなたには誰も宿を貸してくれないでせう

親王を彦星に擬へ 織女も親王になら宿を貸すが あなた
(業平)にはねぇ と 親王を持上げ 業平をからかっている


親王は水無瀬の邸に戻られた 帰られてからも夜遅くまで
酒を飲み物語などしているうち 親王はすっかり酔はれて
ご寝所にお入りにならうとされた 十一日の月も山の端に
沈もうとしている時 かの馬頭は詠みました


まだ十分満足していないのに 月が隠れるのは早すぎるでは
ないか 山の端が逃げて 月を入れないやうにして欲しいも
のだ (親王に もっと飲みませうよ の意)


親王に代って 紀の有常が

どの山の峰も一様に平らになって欲しい 山の端といふも
のがなければ 月が沈むといふこともなからうに


飲みてむ = 飲んでしまわう  よき所 = 適当な場所
大御酒まいる = お酒を差し上げた 大御は美称
のたまひける = おっしゃるには
たなばたつめに宿からむ = 織女に宿を借りやう
返しえし給はず = なかなか返すことが出来なかった
紀の有常 = 惟喬親王の母の兄 業平の妻の兄でもある
宿かす人 = 宿を貸してくれるやうな人・織女のこと
入り給ひなむとす = 寝所にお入りにならうとされた
隠れなむとすれば = 山の端に隠れやうとするので
あかなくに = 飽き足らないのに
入れずもあらなむ = 月を入れないで欲しい
  親王を寝させないで欲しい

伊勢物語(八十二段)その一

伊勢物語(八十二段)その一
  むかし 惟喬の親王と申す親王おはしましけり 山崎の
  あなたに水無瀬といふ所に宮ありけり 年ごとの桜の
  花ざかりには その宮へなむおはしましける その時
  右の馬頭なりける人を常に率ておはしましけり 時世
  へて久しくなりにければ その人の名忘れにけり 狩は
  ねむごろにもせで 酒をのみ飲みつつ やまと歌にかか
  れりけり いま狩する交野の渚の家 その院の桜 こと
  におもしろし その木の下におり居て枝を折りて かざ
  しにさして上中下みな歌よみけり 馬の頭なりける人
  のよめる

世中に絶えて桜のなかりせば
  春の心はのどけからまし


  となむよみたりける また人の歌

散ればこそいとど桜はめでたけれ
  うき世になにか久しかるべき


  とて その木の下は立ちてかへるに 日暮になりぬ

むかし 惟喬親王と申し上げる方がおられました 山崎の向
こうの方で 水無瀬といふ所に離宮がありました 毎年桜の
花盛りには その離宮へおいでになりました その時はいつ
も 右の馬頭であった人を連れてお出かけになられました
それから長い年月を経たので その人の名を忘れてしまひま
した 鷹狩の方はそれほど熱心にはしないで 酒を飲みなが
ら和歌に熱中していました いま狩をしている交野の渚の家
その院の桜は特に美しかった その桜の木の下に馬から降り
て座り 桜の枝を折って 冠に飾りとして挿して 身分の上中
下の別なく皆 歌を詠みました 右の馬頭であった人の歌は


この世の中に全く桜がなかったならば 春の人の心は さぞ
かし のんびりしたものであったでせうに
桜がなければ 散るのを心配せずに済むのに


と詠みました 別の人の歌は

あっさり散るからこそ 桜はますます賞美に値するのです
そもそも この世の中に 何か永続きするものがありませうか


と詠んで その木の下を立ち離れて帰途に着くと
日暮れになりました

山崎のあなた = 京都から見て水無瀬は山崎の向こう
水無瀬 = 阪急京都線 水無瀬 その北東にJR山崎
右の馬頭 = 在原業平を指す
常に率て = 桜見の都度いつも業平を連れて
その人の名忘れにけり = 右馬頭の名を忘れてしまった
狩はねむごろにもせで = 鷹狩にはそれほど心を入れないで
渚の家 = 淀川近くに院
上中下みな = 親王の供人で身分の上中下の者すべて

伊勢物語(八十一段)

伊勢物語(八十一段)
  むかし 左のおほいまうちぎみ いまそかりけり 賀茂川
  のほとりに 六條わたりに 家をいとおもしろく造りて住
  み給ひけり 神無月のつごもりがた 菊の花うつろひざ
  かりなるに 紅葉の千種に見ゆる折 親王たちおはしまさ
  せて 夜ひと夜 酒のみし遊びて 夜あけもてゆくほどに
  この殿のおもしろきをほむる歌よむ そこにありけるか
  たゐ翁 板敷のしたに はひありきて 人にみなよませ果
  ててよめる

塩釜にいつか来にけむ朝なぎに
  釣りする舟はここによらなむ


  となむよみけるは みちの国にいきたりけるに あやしく
  おもしろき所々おほかりけり わがみかど六十余国の中
  に 塩釜といふ所に似たるところなかりけり さればな
  む かの翁 さらにここをめでて 「塩釜にいつか来にけ
  む」とよめりける

むかし 左大臣がおいでになった 賀茂川の近くで 六条あ
たりに 家をとても趣向をこらして造って住んでおられた
旧暦十月の末の頃 菊の花が色あせ始めて最も美しく 紅葉
が色とりどりに見える頃 親王たちをお招きして夜通し酒宴
を張り管弦を楽しんで 夜が明け行く頃に 一同は この邸の
美しさをたたへる歌を詠んだ そこに居合はせた賤しい老
人が 縁側の下に かがんで歩いて他の人が皆詠み終えるの
を待って詠んだ


あの陸奥の塩釜に一体いつの間に来てしまったんだらう
静かな朝なぎの中 釣する舟はここに寄って来るとよいのに


と詠んだのは 翁がかつて陸奥の国へ行った時に物珍しく
趣深いところが あちこちにあった しかしわが国六十余国
の中で 塩釜に似た 面白い所はなかった そこで まぁ あ
の翁がことさらにこの邸を賛美して「塩釜にいつか来にけ
む」と詠んだのであった

左のおほいまうちぎみ(大臣) = 嵯峨天皇皇子 源融
六條わたり = 六條近辺・六條辺り 源融の邸宅は現在の
  河原町六條にあって河原院と称された
おもしろく造りて = 風流に造って
神無月のつごもりがた = 陰暦十月の末頃
うつろひさかりなるに = 色あせ始めて美しい盛りの時
千種 = 色さまざま
おはしまさせて = おいでいただいて
遊びて = 管弦など音楽を催して
この殿 = この邸・河原院
かたゐ翁 = 卑しい老人 「かたゐ」は乞食 高貴な人々に
  対してわざと卑しめている 暗に業平を指している
板敷の下 = 縁側の下・すのこの下 つまり庭
はひありきて = おそるおそる腰をかがめて歩いた
よませはてて = 来客全員に歌を詠ませてしまって
塩釜 = 宮城県松島湾内
いつか来にけむ = いつ来たのであらうか
ここに寄らなむ = ここに寄って来て欲しい
よみけるは = 詠んだことだよ 「は」は感動
いきたりけるに = 翁が若い頃訪れた時に
あやしくおもしろき所々 = 珍しく趣深い所
わがみかど = 日本・わが国の
六十余国 = 今でいふなら47都道府県
さればなむ = それで まぁ・そこで まぁ
さらにここをめでて = 「ここ」は塩釜ではなく河原院

源融と業平の兄 行平は親交があり従って業平もこの家の
風流な会に招かれていたと推測されている

古今集にある関連歌として (読人不知) 巻第二十 (1088)


陸奥はいづくはあれど塩釜の
  浦漕ぐ舟の縄手かなしも

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ちゃむ

  • Author:ちゃむ
  • 1940.01 生まれ 男性
    この写真は但馬皇女の歌
    人言を繁み言痛み己が世に
      未だ渡らぬ朝川渡る

    をイメージしたものです

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