玉簾
2006/10/19 (Thu) 09:48
むかし 男 みそかに語らふわざもせざりければ
いづくなりけむ あやしさによめる
吹風にわが身をなさば玉すだれ
ひま求めつつ入るべきものを
返し
とりとめぬ風にはありとも玉すだれ
たが許さばかひま求むべき
昔 男 相手の女がひそかに逢って語り合ふこともしなかっ
たので どこに女がいるのか分からず不審に思ひ詠んだ
吹く風に私の身を変へたなら あなたの姿を隠している
玉簾の隙間を探して お側へ入っていけるのに
それが出来ないのが残念です
掴まへることの出来ない風であっても いったい誰の
許しで簾の隙間を求めて入ってこられるといふのですか
そんなことはいけません
玉簾り「玉」は美称 宮中の簾であらう
だとすれば女は二条后 男は業平といふことになる
こけるから
2006/10/18 (Wed) 12:28
むかし 年ごろおとづれざりける女 心かしこくや
あらざりけむ はかなき人の事につきて
人の国なりける人につかはれて もと見し人の前に
いで来て 物食はせなどしけり
夜さり 「このありつる人たまへ」とあるじにいひければ
おこせたりけり 男 「我をば知らずや」とて
いにしへのにほひはいづら桜花
こけるからともなりにけるかな
といふを いと恥づかしと思ひて いらへもせでゐたるを
「などいらへもせぬ」といへば「涙のこぼるるに
目も見えず ものもいはれず」といふ
これやこの我にあふみをのがれつつ
年月経れどまさり顔なき
といひて衣脱ぎてとらせけれど 捨てて逃げにけり
いづち去ぬらむとも知らず
染河
2006/10/17 (Tue) 10:12
むかし 男 筑紫まで行きたりけるに 「これは色好むと
いふすきもの」と 簾のうちなる人のいひけるを聞きて
染河を渡らむ人のいかでかは
色になるてふことのなからむ
女 返し
名にしおはばあだにぞあるべきたはれ島
浪のぬれぎぬ着るといふなり
昔 男が筑紫まで行った時に 「これは色好みだと評判の
風流人だ」 と簾の中にいた女が言ったのを聞いて
筑紫へ来れば染河を渡ることになりませうが この川を
渡る人は だうして色に染まるといふことなしに
おられませうか
女が返した歌
負ひ持つ名のとほりならば 浮気である筈のたはれ島は
打ち寄せる浪に濡れて 濡れ衣を着ているのだと
人が申しておりますよ
それと同じやうに 染河に無実の罪を着せやうとなさっ
ても さうはいきませんよ
東山
2006/10/16 (Mon) 00:17
むかし 男 京をいかが思ひけむ 東山に住まむと
思ひ入りて
住みわびぬ今はかぎりと山里に
身をかくすべき宿求めてむ
かくてものいたく病みて死に入りたりければ
おもてに水そそきなどして いきいでて
わが上に露ぞ置くなる天の河
とわたる舟の櫂のしづくか
となむいひて いき出でたりける
昔 男が京の生活をだう思ったのであらうか
東山に住まふと思ひこんで
私は都には住みづらくなった もうこれまでと覚悟して
身を隠すべき住居を山里に求めやう
かうして山里暮らしをしている内にひどい病気になり
息も絶え絶えにになってしまったので 人々が顔に水を
そそいだりして 男は漸く息を吹き返して
私の顔の上に露が置くやうです 天の川の川門を渡る
舟の櫂の雫でせうか
と言って息を吹き返したのでした
とわたる = 門渡る
「わが上に」は生き返った男のばつの悪さと照れ隠しの歌
田を刈る女たち(2)
2006/10/12 (Thu) 08:45
昔 洗練された心の持主で色めかしい行ひを好む男が
長岡といふ所に家を作るって住んでいた(昨日はここまで)
そこの隣に住んでいる宮ばらに使はれている 難点のない
女たちが 稲を刈らうとして と この男のいるのを見て
男の家を「さすがに見事な造作だ」と集まって男の家の庭
へ入り込んできたので 男は逃げて建物の奥に隠れて
しまったので 女は
住んでおられた人が何もおっしゃらないのを見ると
この家は空き家になって荒れ果ててしまったのですねぇ
あぁ何代続いたお邸だったのでせうか
男が逃げて相手にならないので悪態をついている
荒れにけり = あれ逃げり の掛詞はひどい悪態
と言って男の邸に集ってきて たむろしていたので 男は
おっしゃる通り 葎が生へて荒れた家の情けなさは
仮初にも鬼が集ったりするからでせうねぇ
かりにも = 刈る の掛詞
すだく = がやがや集る
女たちの無作法を「鬼のすだく」と言った
と歌を詠んで女たちに差し出した するとこの女たちが
わざと 「一緒に落穂を拾ひませう」 と言ったので男は
思ひに沈みながら落穂を拾っている とおっしゃるの
でしたら私も田へ出て行きたひところですが・・・
あなた方のやうな騒々しい人たちは御免かうむります
田を刈る女たち
2006/10/11 (Wed) 13:28
むかし 心つきて色好みなる男 長岡といふ所に
家つくりてをりけり そこの隣なりける宮ばらに
こともなき女どもの田舎なりければ田刈らむとて
この男のあるを見て 「いみじのすき者のしわざや」
とて集りて入り来ければ この男 逃げて奥にかくれに
ければ 女
荒れにけりあはれいく世の宿なれや
住みけむ人の訪れもせぬ
といひて この宮に集り来ゐてありければ この男
むぐら生ひて荒れたる宿のうれたきは
かりにも鬼のすだくなりけり
とてなむ いだしたりける この女ども「穂ひろはむ」
といひければ
うちわびて落穂ひろふと聞かませば
我も田面にゆかましものを
昔 洗練された心の持主で色めかしい行ひを好む男が
長岡といふ所に家を作るって住んでいた (続く)
長岡は業平の母の住んだゆかりの土地
平安遷都の前は都だったので宮ばらの邸があっても不思議
ではない 宮ばら は 宮腹に掛けているのかも知れない
宮腹は宮様からの生まれ 業平の母は桓武天皇の皇女です
恋ひわびぬ
2006/10/10 (Tue) 13:11
むかし 男 人知れぬもの思ひけり つれなき人のもとに
恋ひわびぬあまの刈る藻に宿るてふ
われから身をもくだきつるかな
ある女に秘めた恋をしたが女はつれなかった
そこで歌を詠んで贈った
私は恋ひ悩んでいます
海人が刈る海藻に宿っている われから のやうに
自ら求めて我が身を砕いて苦しんでいます
われから(割殻) = 海藻に住む虫 乾くにつれて殻が割れる
「我から」への掛詞
伊勢物語には 二十三段 筒井筒 のやうに 一つの話が
長い長い話と幾首もの歌からなる段があるかと思ふと
この段のやうに一行と一首だけといった とても短い段も
あり この辺が私にとっては 伊勢物語を読み易いものに
しています
言の葉
2006/10/06 (Fri) 17:45
むかし 男 思ひかけたる女の え得まじうなりての世に
思はずはありもすらめど言の葉の
をりふしごとに頼まるるかな
昔 男が 思ひを寄せていた女がとても手に入りさうに
ない間柄になった時に かう詠んだ
あなたは私のことなど少しも思はないでおいででせうが
私は あなたがおっしゃった言葉が 今も折あるごとに
頼みに思はれてなりません
草の庵 伊勢物語 (五十六段)
むかし 男 臥して思ひ起きて思ひ 思ひあまりて
わが袖は草の庵にあらねども
暮るれば露の宿りなりけり
昔 男が 寝ては思ひ 起きては思ひ
思ひあまって かう詠んだ
私の袖は 草葺きのいほりではないけれど
日が暮れると露がいっぱい置くやうに
あなたに逢へぬ悲しみの涙で濡れに濡れています



























