こもよみこもち
2005/09/28 (Wed) 08:11
籠もよ美籠持ち 堀串もよ美堀串持ち
この岳に菜摘ます児 家聞かな名のらさね
空みつ大和の国は 押しなべて吾こそ居れ
敷きなべて吾こそ座せ 吾こそは告らめ 家をも名をも
籠も美しい籠を持ち 竹べらも美しいへらを持って
この丘で若菜を摘んでいる娘さん
あなたはどこのお家の子かな? お名前は?
この広い空の下 大和の国はすべて私が支配しているんだよ
私の素性と名前を言ひませう 驚かないでね
雄略天皇の御製歌と記されていますが多分違ふでせうね
雄略天皇は5世紀後半の大王
こんなに上手い歌(特に前半)を作ったとは考へられません。
この歌は万葉集 巻第一の一番目の歌です。
万葉集すべてを鑑賞した人はそれほど多くはないでせう。
だけど少しでも万葉集に興味をお持ちの方なら
この歌はご存知だと思ひます。
こもよ みこもち ふくしもよ みぶくしもち
35番 紀貫之
2005/09/26 (Mon) 07:19
花ぞ昔の香ににほひける
人の心はさぁどうたか分からないけれど
故里の梅は昔と同じように香り咲いているなぁ
いさ = イザ ではないので注意
三十六歌仙の一人。 土佐日記の著者。
そして古今集の撰者でもある。
この歌も古今集にある。 その詞書には
初瀬に詣づるごとに宿りける人の家に
久しく宿らで程へて後にいたれりければ
かの家のあるじ かくさだかになむやどりはある
と言ひい出して侍りければ
そこに立てりける梅の花を折りてよめる
宿の主人の嫌味に対応した皮肉歌です
34番 藤原興風
2005/09/25 (Sun) 10:24
松も昔の友ならなくに
私は長生きしてしまったかなぁ
誰を友達とすりゃぁいいんだ
あの松は友達だが それでも昔からの友という訳ではない
誰をかも = 「か」疑問の係助詞 「も」強意
せむ = 「む」結び(連体形) 「か」「む」係り結びの法則
高砂の松 = 長寿の代名詞的な語句
三十六歌仙の一人。
この歌も古今集にある。 また古今集の仮名序に
高砂・住の江の松も相生のやうに覚え
とあり、人は老ると之等の松を友と感じたようです。
謡曲「高砂」はご存知ですよね
高砂やこの浦舟に帆を上げて・・・
私の結婚式の披露宴でも伯父がこれを謡ってくれました
32番 春道列樹
2005/09/23 (Fri) 07:58
流れもあへぬ紅葉なりけり
風がかけたしがらみのように
山あいの谷川に流れきれない紅葉が溜っている
その上や横を澄んだ水が流れている
しがらみ = 水の流れを塞ぐために打ち込んだ杭
またその杭に竹や木をからませたもの
流れもあへぬ = 流れようとしても流れる事のできない
古今集のこの歌の詞書には
志賀の山越にてよめる
とあります。 古今集 冬歌に載る次の歌は如何?
これも列樹の歌です
昨日と言ひ今日と暮らしてあすか川
流れて早き月日なりけり
古今集にはこの外にも読人知らずの歌で
昨日・今日・明日を詠んだ歌があります。
世の中は何か常なるあすか川
きのふの淵ぞけふは瀬になる
31番 坂上是則
2005/09/22 (Thu) 09:55
吉野の里に降れる白雪
ほのぼのと空の白ずむ朝
まるで有明の月のように淡く明るく
吉野の里に降っている雪
と見るまでに = と思へるほど
坂上是則も三十六歌仙の一人
この歌は古今集 冬歌に出ています。 その詞書に
大和国にまかれりける時に
雪の降りけるを見てよめる
早朝に降る雪の実景をほとんど飾り気なく詠んでいます
白雪を有明の月に比喩するあたり
歌の世界の美意識は忘れていません
是則が吉野の田舎まで出向いていたかどうか
それは疑問です
先の詞書にも「大和国」とありますから
旧都大和の都心部で詠んだのではないか
あくまで私見ですけどね
相聞歌と引用
2005/09/21 (Wed) 06:52
み薦刈る信濃の真弓我が引かば
貴人さびて否と言はむかも
2-0097
み薦刈る信濃の真弓引かずして
強ひざるわざを知ると言はなくに
あんたの袖を引いたら淑女ぶってノーって言ふんだろ?
私の袖を強く引きもしないで私知らないっ!
み薦 = 信濃の名産 真弓 = 真は美称
梓弓(後述) = 信濃の特産 弓 = 張る・引く の掛詞
み薦刈る信濃の真弓 = (袖を)引く の誘導語
万葉集 巻第二にある久米禅師と石川郎女の
恋歌のやりとりです。
返歌には相手の歌の一部を引用した歌が多いのですが
恋歌の場合はそのケースが特に多いように感じられます。
私知らないっ! って拗ねる女性は現代でも
可愛いものとされています。
万葉の女性も同じように拗ねたんですねぇ。
30番 壬生忠岑
2005/09/20 (Tue) 11:49
暁ばかり憂きものはなし
有明の月が無表情に見へたあの日
あなたもまた冷淡でしたね。 お別れしたあの日から
私にとっては暁が辛いものになりました。
別れより = 別れた日から
ばかり・・はなし = 暁ほど辛いものはない
壬生忠岑もまた三十六歌仙の一人であり
古今集撰者の一人。 41番 壬生忠見の父である。
百人一首では「あ」で始まる歌が17首で最も多いが
「有明」が第一句にくるのはこの1首だけです。
逢ってくれたとはいふものの冷たい態度のあなた
あの時の有明の月も儚く感じられました
あれからといふもの暁になる度に
あなたのことを思ひ出すのです
無表情だったあなたを
27番 中納言兼輔
2005/09/17 (Sat) 08:22
いつ見きとてか恋しかるらむ
あなたにはまだお逢ひしたことさへないのに
何故こんなにあなたのことが恋しいのでせうか
上の句全体が「いつ見」を誘導している。
みかの原 = 京都府相楽郡加茂町瓶原
湧きて = 泉の縁語 泉川 = 現在の木津川の一部
いつ見きとてか = いつ逢ったといふことで
藤原兼輔は三十六歌仙の一人。紫式部の曾祖父。
新古今集 恋歌の部に「題知らず」中納言兼輔 として
載っていますが、契沖はこれを女性の歌とみています。
私も女性の歌として鑑賞する方が気持ち良く受入れられます。
未逢恋 (未だ逢はざる恋) は現代人には理解されにくい。
光源氏も未逢恋の末、末摘花に逢ひました。
当時の貴族間では男女ともに未だ逢はざる恋をしたのです。
私は夕暮れの木津川が好き。
当ブログ表紙の風景がその木津川です。(先月の初めに撮影)
26番 貞信公
2005/09/16 (Fri) 08:01
今ひとたびの御幸待たなむ
小倉山の峰のもみじ葉よ
心あるなら天皇のみゆきの日まで散らないでいておくれ
待たなむ = 願望
小倉百人一首の中で小倉山を詠った歌はこれ一首だけ。
18番 藤原敏行朝臣
25番 三条右大臣 = 藤原定方
26番 貞信公 = 藤原忠平
27番 中納言兼輔 = 藤原兼輔
このように調べてみますと、なななんと
藤原敏行 藤原定方 藤原忠平 藤原兼輔 藤原興風
藤原敦忠 藤原朝忠 藤原伊尹 藤原義孝 藤原実方
藤原道信 藤原公任 藤原道雅 藤原定頼 藤原基俊
藤原忠通 藤原顕輔 藤原俊成 藤原清輔 藤原定家
藤原家隆
この他 藤原道綱母とか藤原何某の女など
縁者を含めますと藤原がゴロゴロ。
藤原定家の人選ですから当然と言へば当然なんですが・・
「こそ」・・「けれ」
2005/09/15 (Thu) 16:18
我が身ひとつの秋にはあらねど
2005/09/12(Mon)23番 大江千里 に掲載した歌です。
千々に物「こそ」悲し「けれ」
「こそ」・・「けれ」は古語・古歌の世界で多く用いられる
言葉の用法です。 意味は「強調」
百人一首の中には私が数へたら10例ありました
これを文法の上では「係り結び」といひ
係助詞「ぞ」「なむ」「や」「か」に対して
結び(文末)は連体形
係助詞「こそ 」に対して結びは已然形になります。
「や」は反語 「か」疑問
「ぞ」「なむ」と「こそ」は 強調の意味です
「こそ」・・「けれ」 即ち「こそ 」+ 已然形 の例は
・昼は消えつつ物をこそ思へ
・名こそ流れてなほ聞えけれ
・恋に朽ちなむ名こそ惜しけれ
・かひなく立たむ名こそ惜しけれ
・かけじや袖のぬれもこそすれ
「こそ」なら「けれ」 「ぞ」なら「ける」
25番 三条右大臣
2005/09/14 (Wed) 07:09
人に知られで来るよしもがな
逢坂山のさねかずらよ
お前たちには その名前どほりの力があるんだよね
さねかずらの蔓を手繰り寄せるように 私にも
人に知られないであの娘に逢ふ手立てがあったらなぁ
名にし負はば = 名前の意味の通りなら 「し」は強調
さね = さ寝(共寝)は逢ふの縁語 さねかずら = 蔓草
よし = 手立て・方法・手段 もがな = 願望
来る = 来る・手繰る の掛詞
藤原定方。 三条に邸宅があった。
宇多・醍醐の両朝に仕へ要職を歴任。
和歌にも優れ、優雅で知的な名士。
この歌は縁語・掛詞で飾り過ぎのきらいがありますが
当時はそれをよしとしたのでしょうね。
同じ「名にし負はば」でも、古今集に(伊勢物語 東下り にも)
出ている都鳥の歌の方が私は好きです。
名にし負はばいざ言問はむ都鳥
わが思ふ人はありやなしやと
24番 菅家
2005/09/13 (Tue) 08:58
紅葉の錦 神のまにまに
今度の旅はお供えの幣(ぬさ)を準備することも
出来ませんでしたが、この美しい手向山の紅葉を
お供え致します。
神様 どうか御心のままにお受取り下さい。
このたび = この度・この旅 の掛詞
取りあへず = 取り敢えず・幣を持参していない の掛詞
手向山 = 幣を手向る(神に捧げる)の縁語
菅家は菅原道真、天神さん・学問の神様ですね
左遷させられた大宰府で亡くなり怨霊となる。
怨霊となった道真は神様として崇められます。
祟られるのは怖いですからね。
京を去るにあたり道真の詠んだ次の歌は
百人一首の歌よりも日本人にはより親しまれています
東風吹かば匂いをこせよ梅の花
主なしとて春な忘れそ
23番 大江千里
2005/09/12 (Mon) 09:49
我が身ひとつの秋にはあらねど
月を見ていると悲しくなるの
私だけの秋じゃないけど
何だか私だけの秋のような気がして
大江千里は在原業平の甥。
漢詩に詳しく、この歌は白楽天の「燕子楼」という詩を
元に作ったと言はれています。
だとするなら、この歌は悲しい女性の立場で詠ったと
いふことになりますね
古歌について万葉集や古今・新古今集等々をみる限り
盗作といふ概念は殆どないように感じられます
寧ろ逆だったのではないでせうか
それだけ多くの歌をよく知っているといふ
博識者の概念が強かったのだと思います。
本歌に敬意をはらった上で本歌以上の内容を詠ふなら
元の作者もこれを赦し、そして褒めてくれるでせう
単なる部分流用であってはいけません。
22番 文屋康秀
2005/09/11 (Sun) 08:32
むべ山風を嵐といふらむ
山から吹き降ろす風で草木が萎れる っちゅうことは
なるほどぉ だから山風のことを嵐 ちゅうんか
むべ = なるほど・道理で
櫻といふ字を分析すれば二階(貝)の女が気(木)に掛かる
戀といふ字を分析すればいと(糸)しいと(糸)しと言う心
まぁこんな類ですね
この歌は実にくだらないとの定評がありますが
戯れ歌・遊び歌の一つだと思ひます。
ここでも何故定家がこの歌を選んだかといふ疑問が残ります。
文屋康秀は六歌仙の一人。
息子(37番 朝康)には定家は美しい歌を選んでいます。
そうそう この歌も百人一首の一枚札でした。
「ふんや」の「ふくからに」 憶え易いですね。
21番 素性法師
2005/09/10 (Sat) 10:28
有明の月を待ちいでつるかな
「すぐに行くよ」なんて言って寄こしはったから
うち 一晩中 待ってましたんえ
夜明けの月が恨めしおす
有明の月 = 明け方の空に残っている月
この歌は男性が女性の立場で詠った歌です。
当時は通ひ婚でしたから「君を待つ」のは総て女性。
待つ人来ぬ人は近代とて同じ
「君待てども」(平野愛子) そして「宵待草」(竹久夢二)
宵待草は、夢二が待つ・長谷川カタが待つ の両説ありますが
やはり「待てど来ぬ」は女性の情景でなければ
絵になりませんよね
平成の世ではそれが逆転したとか
素性法師は12番 遍昭の子。 三十六歌仙の一人。
藤原敏行と在原業平
2005/09/09 (Fri) 08:31
袖のみひじて逢ふよしもなし
あさみこそ袖はひづらめ涙河
身さへ流ると聞かばたのまむ
この歌は伊勢物語(107段)に出ている藤原敏行と在原業平の
やりとりですが、業平が女の代作を務めており
敏行はそのことを知りません
敏行が高貴な男(業平)の元にいる若い女に恋する
男(業平)が女に代って返事を書く という下りです
敏行はこのように詠へば女が靡くであろうと
自信をもってこの歌を送りましたが
実の相手が業平ではそうは問屋が卸しません。
身さへ流すといふ涙河で袖を濡らしはったくらいでは
あなたの愛はまだまだ信じられへんわ
20番 元良親王
2005/09/08 (Thu) 10:53
みをつくしても逢はむとぞ思ふ
あなたとの恋が露見した今となっては
もうどうなってもいいのです
たとへ身を滅ぼしてもあなたに逢ひたい
難波なる = みをつくして を引出す序詞
みをつくして = 澪標・身を尽くし の掛詞
この歌は後撰集「恋」に出ておりその詞書に
事出できて後に京極御息所につかはしける
とあります。
事出できて・・・即ち恋が露見したんですね
この人のドンファンぶりは特に有名です
色事師・漁色家・好色家 と代名詞もいろいろ
女性側から見ても色んな意味で素敵な人だったといふ
私も逢ってみたい
19番 伊勢
2005/09/07 (Wed) 10:49
逢はでこの世を過ぐしてよとや
葦の節の間ほどの短い時間さへお逢ひ出来ないまま
虚しい日々を送り世を終へてしまへとおっしゃるの?
難波潟 = 難波江 葦の名所
難波潟→葦→短い節の間→短い時間 と誘導している
父・藤原継蔭が伊勢守であったことから伊勢と呼ばれた。
藤原仲平と恋に落ちるが破局、宇多天皇の寵を受ける
三十六歌仙の一人。この歌は新古今集「恋」の部にある。
伊勢は美しく才能もあり心立てもよく
多くの男性に言い寄られました。
伊勢が愛したのは藤原仲平、しかし捨てられました。
仲平への想ひ、恨みつらみがこの歌に現れていますね
18番 藤原敏行朝臣
2005/09/06 (Tue) 10:26
夢の通ひ路人目よくらむ
せめて夢の中であなたに逢ひに行く時くらいは
ひと目をはばからずに、と思ふのですが
その夢の中でさへ何故ひと目を避けなければ
ならないのでせうか
住の江の岸に寄る波 = よる(夜・寄る)さへや への序詞
よくらむ = 避くらむ
夜さへや・・避くらむ
即ち や・・らむ これは ネバナラヌ・カ?
藤原敏行も三十六歌仙の一人。
この歌は古今和歌集「恋歌」にあります。
岸に寄る波 これ自体 想ひを寄せるの代名詞
岸に寄る波返す波 波寄せど返さないのが片瀬波
百人一首の一枚札 出て参りましたねぇ
むすめふさほせ「娘房乾せ」の「す」です。
17番 在原業平朝臣
2005/09/05 (Mon) 11:05
からくれなゐに水くくるとは
竜田川に流れ沈む紅葉がまるで絞り染めのように綺麗だ
こんなことは神代の話にも聞いたこともない
千早振る = 神の枕詞 水くくる = (絞り染・くくり染)
古今和歌集 秋歌にあるこの歌の詞書に
・・・時に御屏風に竜田川に紅葉流れたるかたを
かけりける題にてよめる
とあり、実景を見て詠んだ歌ではない。
業平は六歌仙・三十六歌仙の一人。
伊勢物語のモデル(主人公)でもある。
しかも当時のキムタク的な美男子。
二条の后 藤原高子との恋、あっちで恋こっちで恋
現代でも折句の代表は「かきつばた」(後述)
業平の歌には素敵な歌が沢山あります。
にも拘らず定家は選りにも選って何故こんなに
つまらない歌を選んだのか、また愚痴りたくなりました。
16番 中納言行平
2005/09/04 (Sun) 12:06
まつとし聞かば今帰り来む
いま私は因幡の国へ行こうとしているが
あなたが私を「待っている」と聞いたなら
すぐにも帰ってきましょうぞ
立ち別れ = 往なば(因幡)に対する枕言葉的な用法
まつ = 松・待つ
行平は在原業平の兄。
この歌は行平の因幡赴任にあたって送別の宴の席で詠んだ
友人に対する儀礼的な歌とされています。
そして古今和歌集では離別歌(巻第八)に出ています。
そうであっても、私は敢えて「恋の歌」としての
解釈を上に記載しました。
その方が快く胸に響くからです。
15番 光孝天皇
2005/09/03 (Sat) 10:19
わが衣手に雪は降りつつ
この歌は古今和歌集の春歌に出ています。その詞書には
仁和の帝 皇子におはしましける時に
人に若菜を賜ひける御歌
とあり、即位前の歌です。
即位前とはいへ皇子の立場にある方が野に出て
若菜を摘んだかどうか・・
でも高貴な人の歌に「若菜を摘む」歌は少なくない
かの人達は実際に若菜を摘んだのか、それとも
イメージして詠ったのか・・
「君」は女性。古今和歌集の詞書には「人」とあるから
特定の女性ではなく、やはりイメージ歌だと思います。




























