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38番 右近

忘らるる身をば思はず誓ひてし
  人の命の惜しくもあるかな


あなたに捨てられた私のことはいいの
でもあなたは私への愛を神様に誓ったでしょ?
誓を破ったこと 神様の怒りに触れて
亡くなるかも知れないあなたのことを思ふと私・・


始めの二句で区切れ、あとの三句で区切れ

右近少将藤原季縄の娘
「大和物語」には

  おなじ女(右近)をとこの「忘れじ」とよろづのことを
  かけて誓ひけれど忘れにけるのちに言ひ遣りける

のあとに、この歌が出ています。
この男とは 43番 藤原敦忠か

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37番 文屋朝康

白露に風の吹きしく秋の野は
  つらぬきとめぬ玉ぞ散りける


雨の後の秋の野原の草葉に並んだ露の玉が
吹き付ける秋風に 糸の切れた玉のように
美しく光って飛び散っていく


白露 = 白く光っている水滴
吹きしく = しきりに吹いている
つらぬきとめぬ = 糸で縫通していない様子


文屋朝康は 22番 文屋康秀 の子

自然の水滴は現代でも芸術品
雨が降っている時もそのあとも
草や葉っぱとの間でいろんな表情を見せてくれます。
そこを強い風が通り過ぎると この歌のように・・

こもよみこもち

1-0001
籠もよ美籠持ち 堀串もよ美堀串持ち
この岳に菜摘ます児 家聞かな名のらさね
空みつ大和の国は 押しなべて吾こそ居れ
敷きなべて吾こそ座せ 吾こそは告らめ 家をも名をも


籠も美しい籠を持ち 竹べらも美しいへらを持って
この丘で若菜を摘んでいる娘さん
あなたはどこのお家の子かな? お名前は?
この広い空の下 大和の国はすべて私が支配しているんだよ
私の素性と名前を言ひませう 驚かないでね


雄略天皇の御製歌と記されていますが多分違ふでせうね
雄略天皇は5世紀後半の大王
こんなに上手い歌(特に前半)を作ったとは考へられません。

この歌は万葉集 巻第一の一番目の歌です。
万葉集すべてを鑑賞した人はそれほど多くはないでせう。
だけど少しでも万葉集に興味をお持ちの方なら
この歌はご存知だと思ひます。

こもよ みこもち ふくしもよ みぶくしもち

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36番 清原深養父

夏の夜はまだ宵ながら明けぬるを
  雲のいづこに月宿るらむ


夏の短か夜はまだ宵だと思っているうちに明けてしまった
宵に見た月は今あの雲のどの辺りに隠れているのかな


まだ宵ながら明けぬる = 夏の夜は短いの誇張
雲のいづこに月宿るらむ = 夜が短いので宵に見た月は
まだ山陰に隠れるには至っていない筈だから


清原深養父は清少納言の曾祖父。
古今集 夏歌 この歌の詞書には
  月のおもしろかりける夜
  暁方によめる
とある。
当時の貴人は相当暇を持余していたのでせうね
徹夜を詠った歌は数知れない。

35番 紀貫之

人はいさ心も知らずふるさとは
  花ぞ昔の香ににほひける


人の心はさぁどうたか分からないけれど
故里の梅は昔と同じように香り咲いているなぁ


いさ = イザ ではないので注意

三十六歌仙の一人。 土佐日記の著者。
そして古今集の撰者でもある。
この歌も古今集にある。 その詞書には

  初瀬に詣づるごとに宿りける人の家に
  久しく宿らで程へて後にいたれりければ
  かの家のあるじ かくさだかになむやどりはある
  と言ひい出して侍りければ
  そこに立てりける梅の花を折りてよめる

宿の主人の嫌味に対応した皮肉歌です

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34番 藤原興風

誰をかも知る人にせむ高砂の
  松も昔の友ならなくに


私は長生きしてしまったかなぁ
誰を友達とすりゃぁいいんだ
あの松は友達だが それでも昔からの友という訳ではない


誰をかも = 「か」疑問の係助詞 「も」強意
せむ = 「む」結び(連体形) 「か」「む」係り結びの法則
高砂の松 = 長寿の代名詞的な語句


三十六歌仙の一人。
この歌も古今集にある。 また古今集の仮名序に

  高砂・住の江の松も相生のやうに覚え

とあり、人は老ると之等の松を友と感じたようです。

謡曲「高砂」はご存知ですよね
  高砂やこの浦舟に帆を上げて・・・
私の結婚式の披露宴でも伯父がこれを謡ってくれました

33番 紀友則

久方の光のどけき春の日に
  しづ心なく花の散るらむ


おだやかな春の日なのに
何故そんなに落ち着きなく散り急ぐのか


久方の = 天・月・雲・光などに掛かる枕詞
しづ心 = 静かな心 (注: 花の心です)
しずココロではなく、しずゴコロと濁って詠む


三十六歌仙の一人にて紀貫之の従兄
古今集 この歌の詞書に
  桜の花の散るをよめる
とあります。

32番 春道列樹

山川に風のかけたるしがらみは
  流れもあへぬ紅葉なりけり


風がかけたしがらみのように
山あいの谷川に流れきれない紅葉が溜っている
その上や横を澄んだ水が流れている


しがらみ = 水の流れを塞ぐために打ち込んだ杭
またその杭に竹や木をからませたもの
流れもあへぬ = 流れようとしても流れる事のできない


古今集のこの歌の詞書には
  志賀の山越にてよめる
とあります。 古今集 冬歌に載る次の歌は如何?
これも列樹の歌です


昨日と言ひ今日と暮らしてあすか川
  流れて早き月日なりけり


古今集にはこの外にも読人知らずの歌で
昨日・今日・明日を詠んだ歌があります。


世の中は何か常なるあすか川
  きのふの淵ぞけふは瀬になる

31番 坂上是則

朝ぼらけ有明の月と見るまでに
  吉野の里に降れる白雪


ほのぼのと空の白ずむ朝
まるで有明の月のように淡く明るく
吉野の里に降っている雪


と見るまでに = と思へるほど

坂上是則も三十六歌仙の一人
この歌は古今集 冬歌に出ています。 その詞書に

  大和国にまかれりける時に
  雪の降りけるを見てよめる

早朝に降る雪の実景をほとんど飾り気なく詠んでいます
白雪を有明の月に比喩するあたり
歌の世界の美意識は忘れていません

是則が吉野の田舎まで出向いていたかどうか
それは疑問です
先の詞書にも「大和国」とありますから
旧都大和の都心部で詠んだのではないか
あくまで私見ですけどね

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相聞歌と引用

2-0096
み薦刈る信濃の真弓我が引かば
  貴人さびて否と言はむかも

2-0097
み薦刈る信濃の真弓引かずして
  強ひざるわざを知ると言はなくに


あんたの袖を引いたら淑女ぶってノーって言ふんだろ?
私の袖を強く引きもしないで私知らないっ!

み薦 = 信濃の名産  真弓 = 真は美称
梓弓(後述) = 信濃の特産  弓 = 張る・引く の掛詞
み薦刈る信濃の真弓 = (袖を)引く の誘導語


万葉集 巻第二にある久米禅師と石川郎女の
恋歌のやりとりです。
返歌には相手の歌の一部を引用した歌が多いのですが
恋歌の場合はそのケースが特に多いように感じられます。

私知らないっ! って拗ねる女性は現代でも
可愛いものとされています。
万葉の女性も同じように拗ねたんですねぇ。

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30番 壬生忠岑

有明のつれなく見えし別れより
  暁ばかり憂きものはなし


有明の月が無表情に見へたあの日
あなたもまた冷淡でしたね。 お別れしたあの日から
私にとっては暁が辛いものになりました。


別れより = 別れた日から
ばかり・・はなし = 暁ほど辛いものはない


壬生忠岑もまた三十六歌仙の一人であり
古今集撰者の一人。 41番 壬生忠見の父である。
百人一首では「あ」で始まる歌が17首で最も多いが
「有明」が第一句にくるのはこの1首だけです。

逢ってくれたとはいふものの冷たい態度のあなた
あの時の有明の月も儚く感じられました
あれからといふもの暁になる度に
あなたのことを思ひ出すのです
無表情だったあなたを

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29番 凡河内躬恒

心あてに折らばや折らむ初霜の
  置きまどはせる白菊の花


あてずっぽうで折ってみようか
白菊の花に初霜が降りて
どれが花やらどれが霜やら


心あてに = 当て推量で

凡河内躬恒もまた三十六歌仙の一人。
古今集撰者の一人でもある。

雪なら白い花と紛らわしいということもあるが
初霜が降りたくらいで白い花と区別がつかない
なんてことはありません。

大袈裟に詠ったのではなく、ジョーク歌・戯れ歌だと
思います。

28番 源宗于朝臣

山里は冬ぞさびしさまさりける
  人目も草もかれぬと思へば


山里の冬はことさら寂しいものです
人も訪れなくなり草木も枯れて


ぞ・・ける = 強調  人目 = 人を見ること
かれぬと = 枯れ・離れ の掛詞


源宗于も三十六歌仙の一人。 光孝天皇の孫。

27番 中納言兼輔

みかの原わきて流るるいづみ川
  いつ見きとてか恋しかるらむ


あなたにはまだお逢ひしたことさへないのに
何故こんなにあなたのことが恋しいのでせうか


上の句全体が「いつ見」を誘導している。
みかの原 = 京都府相楽郡加茂町瓶原
湧きて = 泉の縁語  泉川 = 現在の木津川の一部
いつ見きとてか = いつ逢ったといふことで


藤原兼輔は三十六歌仙の一人。紫式部の曾祖父。
新古今集 恋歌の部に「題知らず」中納言兼輔 として
載っていますが、契沖はこれを女性の歌とみています。

私も女性の歌として鑑賞する方が気持ち良く受入れられます。
未逢恋 (未だ逢はざる恋) は現代人には理解されにくい。
光源氏も未逢恋の末、末摘花に逢ひました。
当時の貴族間では男女ともに未だ逢はざる恋をしたのです。

私は夕暮れの木津川が好き。
当ブログ表紙の風景がその木津川です。(先月の初めに撮影)

26番 貞信公

小倉山峰のもみじ葉心あらば
  今ひとたびの御幸待たなむ


小倉山の峰のもみじ葉よ
心あるなら天皇のみゆきの日まで散らないでいておくれ


待たなむ = 願望

小倉百人一首の中で小倉山を詠った歌はこれ一首だけ。

18番 藤原敏行朝臣
25番 三条右大臣 = 藤原定方
26番 貞信公 = 藤原忠平
27番 中納言兼輔 = 藤原兼輔

このように調べてみますと、なななんと
藤原敏行 藤原定方 藤原忠平 藤原兼輔 藤原興風
藤原敦忠 藤原朝忠 藤原伊尹 藤原義孝 藤原実方
藤原道信 藤原公任 藤原道雅 藤原定頼 藤原基俊
藤原忠通 藤原顕輔 藤原俊成 藤原清輔 藤原定家
藤原家隆

この他 藤原道綱母とか藤原何某の女など
縁者を含めますと藤原がゴロゴロ。

藤原定家の人選ですから当然と言へば当然なんですが・・

「こそ」・・「けれ」

月みれば千々に物こそ悲しけれ
  我が身ひとつの秋にはあらねど


2005/09/12(Mon)23番 大江千里 に掲載した歌です。

千々に物「こそ」悲し「けれ」
「こそ」・・「けれ」は古語・古歌の世界で多く用いられる
言葉の用法です。 意味は「強調」
百人一首の中には私が数へたら10例ありました

これを文法の上では「係り結び」といひ
係助詞「ぞ」「なむ」「や」「か」に対して
結び(文末)は連体形
係助詞「こそ 」に対して結びは已然形になります。

「や」は反語 「か」疑問 
「ぞ」「なむ」と「こそ」は 強調の意味です

「こそ」・・「けれ」 即ち「こそ 」+ 已然形 の例は

・昼は消えつつ物をこそ思へ
・名こそ流れてなほ聞えけれ
・恋に朽ちなむ名こそ惜しけれ
・かひなく立たむ名こそ惜しけれ
・かけじや袖のぬれもこそすれ

「こそ」なら「けれ」 「ぞ」なら「ける」

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25番 三条右大臣

名にしおはば逢坂山のさねかずら
  人に知られで来るよしもがな


逢坂山のさねかずらよ
お前たちには その名前どほりの力があるんだよね
さねかずらの蔓を手繰り寄せるように 私にも
人に知られないであの娘に逢ふ手立てがあったらなぁ


名にし負はば = 名前の意味の通りなら 「し」は強調
さね = さ寝(共寝)は逢ふの縁語  さねかずら = 蔓草
よし = 手立て・方法・手段  もがな = 願望
来る = 来る・手繰る の掛詞


藤原定方。 三条に邸宅があった。
宇多・醍醐の両朝に仕へ要職を歴任。
和歌にも優れ、優雅で知的な名士。

この歌は縁語・掛詞で飾り過ぎのきらいがありますが
当時はそれをよしとしたのでしょうね。
同じ「名にし負はば」でも、古今集に(伊勢物語 東下り にも)
出ている都鳥の歌の方が私は好きです。


名にし負はばいざ言問はむ都鳥
  わが思ふ人はありやなしやと

24番 菅家

このたびは幣も取りあへず手向山
  紅葉の錦 神のまにまに


今度の旅はお供えの幣(ぬさ)を準備することも
出来ませんでしたが、この美しい手向山の紅葉を
お供え致します。
神様 どうか御心のままにお受取り下さい。


このたび = この度・この旅 の掛詞
取りあへず = 取り敢えず・幣を持参していない の掛詞
手向山 = 幣を手向る(神に捧げる)の縁語


菅家は菅原道真、天神さん・学問の神様ですね
左遷させられた大宰府で亡くなり怨霊となる。
怨霊となった道真は神様として崇められます。
祟られるのは怖いですからね。

京を去るにあたり道真の詠んだ次の歌は
百人一首の歌よりも日本人にはより親しまれています


東風吹かば匂いをこせよ梅の花
  主なしとて春な忘れそ

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23番 大江千里

月みれば千々に物こそ悲しけれ
  我が身ひとつの秋にはあらねど


月を見ていると悲しくなるの
私だけの秋じゃないけど
何だか私だけの秋のような気がして


大江千里は在原業平の甥。
漢詩に詳しく、この歌は白楽天の「燕子楼」という詩を
元に作ったと言はれています。
だとするなら、この歌は悲しい女性の立場で詠ったと
いふことになりますね

古歌について万葉集や古今・新古今集等々をみる限り
盗作といふ概念は殆どないように感じられます
寧ろ逆だったのではないでせうか
それだけ多くの歌をよく知っているといふ
博識者の概念が強かったのだと思います。

本歌に敬意をはらった上で本歌以上の内容を詠ふなら
元の作者もこれを赦し、そして褒めてくれるでせう
単なる部分流用であってはいけません。

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22番 文屋康秀

吹くからに秋の草木のしをるれば
  むべ山風を嵐といふらむ


山から吹き降ろす風で草木が萎れる っちゅうことは
なるほどぉ だから山風のことを嵐 ちゅうんか


むべ = なるほど・道理で

櫻といふ字を分析すれば二階(貝)の女が気(木)に掛かる
戀といふ字を分析すればいと(糸)しいと(糸)しと言う心
まぁこんな類ですね

この歌は実にくだらないとの定評がありますが
戯れ歌・遊び歌の一つだと思ひます。
ここでも何故定家がこの歌を選んだかといふ疑問が残ります。

文屋康秀は六歌仙の一人。
息子(37番 朝康)には定家は美しい歌を選んでいます。

そうそう この歌も百人一首の一枚札でした。
「ふんや」の「ふくからに」 憶え易いですね。

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21番 素性法師

今来むといひしばかりに長月の
  有明の月を待ちいでつるかな


「すぐに行くよ」なんて言って寄こしはったから
うち 一晩中 待ってましたんえ
夜明けの月が恨めしおす


有明の月 = 明け方の空に残っている月

この歌は男性が女性の立場で詠った歌です。
当時は通ひ婚でしたから「君を待つ」のは総て女性。

待つ人来ぬ人は近代とて同じ
「君待てども」(平野愛子) そして「宵待草」(竹久夢二)
宵待草は、夢二が待つ・長谷川カタが待つ の両説ありますが
やはり「待てど来ぬ」は女性の情景でなければ
絵になりませんよね
平成の世ではそれが逆転したとか

素性法師は12番 遍昭の子。 三十六歌仙の一人。

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藤原敏行と在原業平

つれづれのながめにまさる涙川
  袖のみひじて逢ふよしもなし


あさみこそ袖はひづらめ涙河
  身さへ流ると聞かばたのまむ


この歌は伊勢物語(107段)に出ている藤原敏行と在原業平の
やりとりですが、業平が女の代作を務めており
敏行はそのことを知りません

敏行が高貴な男(業平)の元にいる若い女に恋する
男(業平)が女に代って返事を書く という下りです

敏行はこのように詠へば女が靡くであろうと
自信をもってこの歌を送りましたが
実の相手が業平ではそうは問屋が卸しません。


  身さへ流すといふ涙河で袖を濡らしはったくらいでは
  あなたの愛はまだまだ信じられへんわ

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20番 元良親王

わびぬれば今はたおなじ難波なる
  みをつくしても逢はむとぞ思ふ


あなたとの恋が露見した今となっては
もうどうなってもいいのです
たとへ身を滅ぼしてもあなたに逢ひたい


難波なる = みをつくして を引出す序詞
みをつくして = 澪標・身を尽くし の掛詞


この歌は後撰集「恋」に出ておりその詞書に
  事出できて後に京極御息所につかはしける
とあります。
  事出できて・・・即ち恋が露見したんですね

この人のドンファンぶりは特に有名です
色事師・漁色家・好色家 と代名詞もいろいろ
女性側から見ても色んな意味で素敵な人だったといふ
  私も逢ってみたい

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19番 伊勢

難波潟みじかき葦のふしの間も
  逢はでこの世を過ぐしてよとや


葦の節の間ほどの短い時間さへお逢ひ出来ないまま
虚しい日々を送り世を終へてしまへとおっしゃるの?


難波潟 = 難波江 葦の名所
難波潟→葦→短い節の間→短い時間 と誘導している


父・藤原継蔭が伊勢守であったことから伊勢と呼ばれた。
藤原仲平と恋に落ちるが破局、宇多天皇の寵を受ける
三十六歌仙の一人。この歌は新古今集「恋」の部にある。

伊勢は美しく才能もあり心立てもよく
多くの男性に言い寄られました。
伊勢が愛したのは藤原仲平、しかし捨てられました。
仲平への想ひ、恨みつらみがこの歌に現れていますね

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ちゃむ

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  • 1940.01 生まれ 男性
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      未だ渡らぬ朝川渡る

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