64番 権中納言定頼
2005/10/31 (Mon) 17:58
あらはれわたる瀬々の網代木
夜明け方に見渡せば宇治川にたちこめた霧が
途切れとぎれに晴れてその絶え間から
瀬ごとにかけてある網代木が見え始めてきた
瀬々の = 浅瀬ごとに
あらはれわたる = 次第に現れて見渡される
網代木 = 網代(魚を獲るため簾状に木を編んだもの)用の杭
藤原定頼は 55番 大納言公任の長男。 この歌は
いかにも実景の感じが出ていて、あらはれわたる時間まで
感じられます。
60番 小式部内侍をからかって「まだふみも見ず」と
こっぴどくやっつけられたのはこの定頼。
「朝ぼらけ」で始まる歌は31番にもありましたね
お手付き要注意の札ですよ
三方沙弥
2005/10/30 (Sun) 04:00
衣手の別く今夜より妹も我れも
いたく恋ひむな逢ふよしを無み
今夜からはもう お前と共に過ごすことは出来ない
妻も私もひどく恋に苦しむだらうなぁ
これからは逢ふすべももないのだから
このブログを始めた最初の日に載せたのが
万葉集 2-123 2-124 何れも三方沙弥の歌です
2005/08/08(Mon)筒井筒
カテゴリーは
伊勢物語 筒井筒でしたが今にしてみれば
「たけばぬれ」「人皆は」をメインにして筒井筒を
サブにすべきだったかな と思ったりもしています。
実を申しますと私 三方沙弥(みかたのさみ)といふ名前の
語呂の良さに ぞっこんなんですよ
この歌の二句・三句の訓読みは
別かる今夜ゆ 妹も吾も
とされている著書もあります。
63番 左京大夫道雅
2005/10/29 (Sat) 09:42
人づてならで言ふよしもがな
二人はもう逢ふことはできません
今は あなたのことを諦めてしまおうと
ただそれだけを人づてではなく直接お逢ひして言ふ手立てが
あればいいのに と思っています
ただ = 言ふ に掛かる副詞
思ひ絶え = 思ひ切る・あきらめる ならで = ではなくて
よし = 手立て・方法 もがな = 願望
藤原道雅は54番 高階貴子の孫
68番 三条院(三条天皇) の皇女(当子内親王)との恋が
天皇との怒りにふれ絶対に逢ふことが出来なくなった時の作
当子内親王は斎宮であり男女関係は禁じられていた
禁断の悲恋ですね
後拾遺集のこの歌の詞書には
伊勢の斎宮わたりよりのぼりて侍りける人に
しのびてかよひけるを おほやけもきこしめして
まもりめなどつけさせ給ひてしのびにも
かよはずなりにければよみ侍りける
62番 清少納言
2005/10/28 (Fri) 09:59
よに逢坂の関はゆるさじ
鶏の鳴き声を真似て函谷関の関守は騙すことは出来ても
逢坂の関守を騙すことは出来ませんよーだ
私だってあなたの言葉になんか騙されるもんですか
夜をこめて = 夜であることを隠して
そら音 = 鳴き声を真似る事 はかる = だます・たくらむ
逢坂の関 = 山城国(京都)と近江国(滋賀)の国境の関所
逢坂の関 = 逢ふの掛詞 よに--じ = 決して--しない
清少納言は42番 清原元輔の娘、枕草子の作者にして才女
中国の史記 函谷関の故事になぞらえての歌のやりとり
相手は大納言藤原行成。 後拾遺集のこの歌の詞書には
行成卿ものがたりして侍りけるに
内の物忌みにこもればとて急ぎ帰りて
つとめて鳥の声にもよほされて
と言ひおこせ侍りければ
夜ふかかりけむ鳥の声は
函谷関のことにやと言ひ遣はしけるをたちかへり
これは逢坂関にて侍るとあればよめる
61番 伊勢大輔
2005/10/27 (Thu) 09:33
けふ九重ににほひぬるかな
昔 奈良の都で咲いていた八重桜が
今日は京の都の この宮中で美しく咲き匂っているわ
いにしへ・けふ 奈良の都・九重(平安の都) 八重・九重
と幾重にも対応させている
九重 = ここの辺 九重 = 宮中 けふ = 京 などは掛詞
49番 大中臣能宣の孫。
さすがは歌才を称へられた伊勢大輔、公式の晴れの
歌会で これだけの歌を即座に詠ふとは。
巧妙な技法にも拘らず格調高く滑らかですね。
伊勢大輔は万葉集 太宰少弐小野老朝臣の歌を
知っていたに違いありません。
3-0328
青丹よし寧樂の都は咲く花の
薫ふがごとく今盛りなり
60番 小式部内侍
2005/10/26 (Wed) 08:46
まだふみも見ず天の橋立
生野への道はここから余りにも遠い
大江山は更にその向う
ましてその遥か遠くにある天の橋立へは
まだ行ったことがありません。
母の居る橋立は めちゃ遠いおすやろ?
橋立の地なんか踏んだことおへんえ
それに母からは手紙も貰ってぁしまへんしなぁ
いく野 = 行く の掛詞 踏みも見ず = 文も見ず の掛詞
天の橋立 = 母 和泉式部がいる地であり縁語となっている
母は56番 和泉式部。
私はこの歌が百人一首の中で一番好きです。
自分をからかった男に即興でしっぺ返しをしたこの歌
こましゃくれた小娘が「さぁだうだぁ」と言っている。
59番 赤染衛門
2005/10/25 (Tue) 09:11
かたぶくまでの月を見しかな
あなたが来るなどと おっしゃられなければ
ためらはずに寝てしまったでせうに
今か今かとお待ちしている間に夜が更け
とうとう西の山の端に傾く月を見てしまひました
やすらふ = ためらふ・躊躇する
寝なましものを = 寝てしまったでせうに
さ夜 = 「さ」美称の接頭語
赤染時用の女 (女と書いて「むすめ」と読む 娘の意)
赤染衛門は和泉式部と並び称される歌人
後捨遺集にあるこの歌の詞書に
中関白少将に侍りける時はらからなる人に
物いひわたり侍りたり
たのめて来ざりければ
つとめて女に代りてよめる
中関白・藤原道隆が少将であった時 赤染衛門の姉妹の許に
通っていたところ、来る約束をして来なかった翌朝
その姉妹のために代作して詠んだ
58番 大弐三位
2005/10/23 (Sun) 07:34
いでそよ人を忘れやはする
有馬山近く猪名の笹原に風が吹いて
笹の葉が「そよ」と音をたてます
そう それなんですよ
揺れているのはあなたの心
わたしがあなたを忘れるなんて あり得ないことですから
いでそよ = それなんですよ・そのことなんですよ
上の句は「いでそよ」にかかる序詞
大弐三位は紫式部の娘・藤原賢子。
後拾遺集のこの歌の詞書に
離れがれなる男の おぼつかなく など
言ひたりけるによめる
心冷たくなっていた男が「あなたの心が分からない」などと
誤魔化すやうなことを言ってきたので大弐三位が詠んだ歌
猪名 = 否・「おぼつかなく」に対する「否」
百人一首の歌の多くは その出典の中の分類
(春夏秋冬・恋・雑)や歌の序詞を知ることによって
その歌の本来の意がより分かり易くなります。
55番 大納言公任
2005/10/20 (Thu) 08:29
名こそ流れてなほ聞えけれ
水がなくなり滝の音がしなくなってから長い年月を経たが
この滝の名声だけは今も世間に流れて聞こえてくる
こそ・・けれ = 係り結びの法則
藤原公任は26番 藤原忠平の曾孫。三十六歌仙の一人。
この歌の元となった「名古曽の滝」の滝址が嵯峨野にある。
この歌は滝を詠ったもので恋とは全く無縁の歌です。
が、詠み方によってはドンファンを詠った歌のやうにも。
百人一首の中で最も女性にもてた男性が公任です。
九人もの女性に囲まれています。
では最も多くの男性に囲まれた女性は誰?
それは右近。 第二位が伊勢。
何の話か分からないって?
小倉百人一首の並び順のことですよ。
54番 儀同三司母
2005/10/19 (Wed) 10:11
今日を限りの命ともがな
いつまでも忘れない心変りしないとお誓ひになっても
遠い将来まで変らないでいることは難しいことです
寧ろそのお言葉を聞いた今日を最後の日として
今の幸せを抱いたまま私は死んでしまひたい
忘れじの = 「忘れじ」の 難ければ = 難しいので
もがな = 願望の終助詞(そうしたい そうありたい)
名は貴子。藤原道隆の妻、藤原伊周の母
新古今集のこの歌の詞書には
中関白通ひそめはべりける頃
とあります。
道隆と添ひ遂げた喜びと不安を詠った歌です。
青春の歌
2005/10/18 (Tue) 08:30
春楊葛城山にたつ雲の
立ちても座ても妹をしそ思ふ
柳は緑に萌へ葛城山に白い雲がもくもくと立ち昇る
立っていても座っていても思ふはあなたのことだけ
春楊葛山發雲立座妹念
柿本人麿 青春時代の恋歌です。
万葉集 柿本朝臣人麿之歌集にある代表的な略体歌
たった十文字で表記されています。
「略体」「非略体」は阿蘇瑞枝氏によって名付けられました
「略体」は助詞・助動詞などを省略した表記法です。
それ以前 賀茂真淵は「詩体」「常体」と名付けていました。
柿本朝臣人麿之歌集は果たして人麿の作歌か?
柿本朝臣人麿は何歳で亡くなったのか?
万葉集はどのようにして成立したのか?
数え切れないくらい多くの著作があるのですね
53番 右大将道綱母
2005/10/17 (Mon) 08:40
いかに久しきものとかは知る
門を開けるのがちょっと遅れたくらいで何よ
私が嘆きながら一人で寝る時は
明けるまでの時間がどんなに長く感じられるか
あなたにはお分かり?
分からないでせうねぇ
門を開ける間も待てないあなたには
ぬる = 寝る 明くる間 = 明けるまでの間は
かは知る = 係り結びの法則、お分かりでせうか 否お分かりに
ならないでせうね
蜻蛉日記の著者であり美女。
拾遺集のこの歌の詞書に
「入道摂政まかりたりけるに門をおそくあけければ
立ちわづらひぬといひ出でて侍りければよみ出しける」
入道摂政は夫(藤原兼家)
不老郎女から兼家へのおまけ
一人待つ戸音の門の開くる間は
いかに短きものとぞや知れ
52番 藤原道信朝臣
2005/10/16 (Sun) 10:40
なほ恨めしき朝ぼらけかな
夜が明ければ次には必ずまた夜が来る
そんなことは分っているけど 白々と夜が明けてくると
その夜明けが恨めしい
また夜になるまであなたと別れていなければならないから
明けぬれば = 明けてしまへば
太政大臣藤原為光の子。23歳で早逝。
恋人や妻と逢った翌朝のことを後朝(きぬぎぬ)といった。
語源は「衣衣」。 当時 蒲団はまだなかったのですね。
きぬぎぬ・・古歌の好きな人には何とロマンチックな言葉
今から40年ほど前の流行語なら「夜明けのコーヒー」
ピンキーとキラーズのヒット曲「恋の季節」です。
51番 藤原実方朝臣
2005/10/15 (Sat) 09:50
さしも知らじな燃ゆる思ひを
こんなに好きなんだとさへ言ふことも出来ず
この燃ゆる思ひをあなたは知らない 嗚呼
かくとだに = このようであるとさへ
ゑ = 打消・反語を伴って とても・・出来ない
やは = 反語 得やは言ふ = 言ふことは出来ない
伊吹 = いぶき 言ふの掛詞 もぐさの産地とされている
いぶきのさしも草 = さしも知らじな の序詞
思ひ = おも火
藤原実方は左大臣師尹の孫。
藤原行成との口論が原因で陸奥守に左遷されたことは有名
「ゑやは言ふ」から「いぶきのさしも草」へと繋ぎ
「さしも草」から「さしも知らじな」を誘導
更に「もぐさ」から「燃ゆる」「おも火」に掛けている
万葉ファンから見れば技巧に凝り過ぎと非難されそうですが
この時代 技巧に凝り過ぎはなかった・・が私見です。
49番 大中臣能宣朝臣
2005/10/13 (Thu) 09:55
昼は消えつつ物をこそ思へ
衛士の焚く篝火のように私の胸は夜になると赤々と燃え
昼は身も心も消え入るやうな物思ひをしている
みかきもり = 御垣守・宮城の門を守る衛士
第一・二句は「夜はもえて昼は消えつつ」に掛かる序詞
大中臣能宣は三十六歌仙の一人。
百人一首には下の句が「ひ」で始まる歌が十首あります。
そのうちの九首がなんと「ひと」で始まっています。
そしてこの49番だけが「ひる」で始まっているのです。
ちなみに下の句は「ひ」が十枚札で最も多く
一枚札は「お・き・さ・す・つ・と・ぬ・ね・を」の九首。
どう並び替えたら覚え易い言葉になるでせうね。
文字の並べ替えをアナグラム(Anagram)と言ひ
西洋では遊びの一種です
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むすめふさほせ
鴨山五首
2005/10/12 (Wed) 09:26
自ら傷みて作る歌一首
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柿本朝臣人麿の死りし時
妻依羅娘子の作る歌二首
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今日今日とわが待つ君は石川の
貝に交りてありといはずやも
2-0225
直の逢ひは逢ひかつましじ石川に
雲立ち渡れ見つつ偲はむ
丹比真人の柿本朝臣人麿の意に擬へて報ふる歌一首
2-0226
荒波に寄り来る玉を枕に置き
われここにありと誰か告げなむ
或る本の歌に曰く
2-0227
天離る夷の荒野に君を置きて
思ひつつあれば生けるともなし
48番 源重之
2005/10/11 (Tue) 10:40
くだけて物を思ふころかな
激しい風で波が岩に砕けるがごと
我が胸は張り裂けんばかり
なのに君が心は岩の如くびくともしない
嗚呼それでも私はあなたのことを思ひ続ける
風をいたみ = 風がひどいので おのれのみ = 自分だけ
一句・二句は「くだけて」に掛かる序詞
物を思ふ = 恋に悩む・相手のことを一途に思ふ
三十六歌仙の一人。
この歌に先立ち
風吹けば岩打つ波のおのれのみ
くだけてものを思ふころかな
といふ歌が既に伊勢集にあると指摘されている旨
百人一首故事物語(池田弥三郎 著)に載っています。
このことが真実なら誰が見ても模倣
一度「伊勢集」を見てみなければ・・
45番 謙徳公
2005/10/08 (Sat) 09:47
身のいたづらになりぬべきかな
あなたが心変りして私に冷たくなった今
私のことを「可哀想に」なんて言ってくれる人も思ひ浮かばず
私は恋焦がれ悶えて死んでしまふのかなぁ
哀れ = 可哀想に 思ほえで = 思ひ浮かばない
いたづらになりぬ = 死ぬこと 恋を儚んで死ぬこと
謙徳公は藤原伊尹の諡名。26番 貞信公の孫。
なんとまぁ女々しい歌ですね
でも当時の貴族男性はこのような心情になり得たようです。
男に捨てられた後の気丈夫な女性の歌は見受けられますが
気丈夫な男性の歌を私はまだ知りません。
44番 中納言朝忠
2005/10/07 (Fri) 13:00
人をも身をも恨みざらまし
もし深い関係になるといふことが全くなければ
相手をも自分をも恨むといふことはないだらうに
なまじ逢瀬といふものがあるから・・・
絶えてしなくば = 絶対にないのなら
なかなかに = 却って 恨みざらまし = 恨まないであらう
藤原朝忠は 25番 藤原定方の子。 三十六歌仙の一人。
人妻と人目を忍んで逢ひ続けていた朝忠であったが
その女の夫が国の守になって下ることになった日
女に送った歌が「大和物語」に載っています。
はかなき空
たぐへやるわがたましひをいかにして
はかなき空にもてはなるらむ
酒の歌
2005/10/06 (Thu) 09:39
賢しみと物言ふよりは酒飲みて
酔ひ泣きするしまさりたるらし
3-0344
あな醜賢しらをすと酒飲まぬ
人をよく見ば猿にかも似む
3-0341 利口ぶって何かと物を言うよりは
酒を飲んで酔っぱらって泣く方ましだ
3-0344 何とまぁ みっともないねぇ。
利口ぶって酒を飲まない人をよぉく見ると
猿に似ていると思はないかい?
万葉集 巻第三に大伴旅人の酒を詠んだ歌が載っています。
「太宰帥大伴卿の酒を讃むるの歌十三首」
そのうちの二首が上の歌です
お酒を飲む人の多くは飲まない人、飲めない人を
得てして嫌ひますが これは今も昔も同じなんですねぇ
43番 権中納言敦忠
2005/10/05 (Wed) 09:26
昔はものを思はざりけり
あなたにお逢ひして一夜を過ごした後の気持を考へると
お逢ひする前の気持なんか
まるで物想ひしてなかったかのようです
今はもう悶え苦しむほどあなたが愛しくて
逢ひ見ての後 = お逢ひした後 昔 = お逢ひする前
ものを思ふ = 恋する切ない心の状態
藤原敦忠は左大臣時平の子。 三十六歌仙の一人。
38番 右近の項でも触れましたが「大和物語」には
右近の敦忠に対する歌が「忘らるる」より先に載っています
過ぎにし言の葉
忘れじと頼めし人はありと聞く
いひし言の葉いづちいにけむ
40番 平兼盛
2005/10/02 (Sun) 09:15
物や思ふと人の問ふまで
恋していることを人にバレないようにしてたんだけど
どうも顔に出てしまったようだ
お前 恋してるだろ って友達に言はれゃったよ
色に出でにけり = 顔の表れてしまった
物や思ふ = 物思ひしてるの?・恋をしてるの?
三十六歌仙の一人。 光孝天皇の子孫。
この歌は村上天皇参列のもとに行はれた歌会で詠はれ
41番 壬生忠見の歌に僅少差で勝ったことで有名です。
「忍ぶれど」が前の39番に連続して現れました。
39番では三句に出てきますが
百人一首に「忍ぶれど」はこの二首だけです。
「忍ぶれど」の連続出現 これまた定家の悪戯でせうか
39番 参議等
2005/10/01 (Sat) 11:00
あまりてなどか人の恋しき
あなたへの恋しい想ひを抑へやうとしているけど
思ひあふれてあなたことばかり考へてしまふのは何故?
浅茅生の小野の篠原 = 忍ぶれど に掛かる序詞
浅茅生 = 茅のまばらに生えた原
小野 = 野原 小は接頭語
あまりて = 耐え切れなくて
などか = どうしてか
参議等 = 源等 嵯峨天皇の曾孫。
この歌は本歌取りでですが
「忍ぶ」を誘導する「浅茅生の小野の篠原」には
「篠」が同音となっているだけの序詞であり
3番・19番などの序詞に比べると少しもの足りない。
下の句も本歌の方が片恋の歌として素直である。
本歌は以下の通り。古今集 恋歌 にある。読み人知らず。
浅茅生の小野の篠原しのぶとも
人知るらめや言ふ人なしに



























