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64番 権中納言定頼

朝ぼらけ宇治の川霧たえだえに
  あらはれわたる瀬々の網代木


夜明け方に見渡せば宇治川にたちこめた霧が
途切れとぎれに晴れてその絶え間から
瀬ごとにかけてある網代木が見え始めてきた


瀬々の = 浅瀬ごとに
あらはれわたる = 次第に現れて見渡される
網代木 = 網代(魚を獲るため簾状に木を編んだもの)用の杭


藤原定頼は 55番 大納言公任の長男。 この歌は
いかにも実景の感じが出ていて、あらはれわたる時間まで
感じられます。

60番 小式部内侍をからかって「まだふみも見ず」と
こっぴどくやっつけられたのはこの定頼。

「朝ぼらけ」で始まる歌は31番にもありましたね
お手付き要注意の札ですよ
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三方沙弥

4-0508 衣手乃 別今夜従 妹毛吾母 甚戀名 相因乎奈美

衣手の別く今夜より妹も我れも
  いたく恋ひむな逢ふよしを無み


今夜からはもう お前と共に過ごすことは出来ない
妻も私もひどく恋に苦しむだらうなぁ
これからは逢ふすべももないのだから


このブログを始めた最初の日に載せたのが
万葉集 2-123 2-124 何れも三方沙弥の歌です
  2005/08/08(Mon)筒井筒

カテゴリーは
伊勢物語 筒井筒でしたが今にしてみれば
「たけばぬれ」「人皆は」をメインにして筒井筒を
サブにすべきだったかな と思ったりもしています。

実を申しますと私 三方沙弥(みかたのさみ)といふ名前の
語呂の良さに ぞっこんなんですよ

この歌の二句・三句の訓読みは
  別かる今夜ゆ 妹も吾も
とされている著書もあります。

63番 左京大夫道雅

いまはただ思ひ絶えなむとばかりを
  人づてならで言ふよしもがな


二人はもう逢ふことはできません
今は あなたのことを諦めてしまおうと
ただそれだけを人づてではなく直接お逢ひして言ふ手立てが
あればいいのに と思っています


ただ = 言ふ に掛かる副詞
思ひ絶え = 思ひ切る・あきらめる ならで = ではなくて
よし = 手立て・方法  もがな = 願望


藤原道雅は54番 高階貴子の孫
68番 三条院(三条天皇) の皇女(当子内親王)との恋が
天皇との怒りにふれ絶対に逢ふことが出来なくなった時の作

当子内親王は斎宮であり男女関係は禁じられていた
禁断の悲恋ですね
後拾遺集のこの歌の詞書には

  伊勢の斎宮わたりよりのぼりて侍りける人に
  しのびてかよひけるを おほやけもきこしめして
  まもりめなどつけさせ給ひてしのびにも
  かよはずなりにければよみ侍りける

62番 清少納言

夜をこめて鳥のそらねははかるとも
  よに逢坂の関はゆるさじ


鶏の鳴き声を真似て函谷関の関守は騙すことは出来ても
逢坂の関守を騙すことは出来ませんよーだ
私だってあなたの言葉になんか騙されるもんですか


夜をこめて = 夜であることを隠して
そら音 = 鳴き声を真似る事  はかる = だます・たくらむ
逢坂の関 = 山城国(京都)と近江国(滋賀)の国境の関所
逢坂の関 = 逢ふの掛詞  よに--じ = 決して--しない


清少納言は42番 清原元輔の娘、枕草子の作者にして才女
中国の史記 函谷関の故事になぞらえての歌のやりとり
相手は大納言藤原行成。 後拾遺集のこの歌の詞書には

  行成卿ものがたりして侍りけるに
  内の物忌みにこもればとて急ぎ帰りて
  つとめて鳥の声にもよほされて
  と言ひおこせ侍りければ
  夜ふかかりけむ鳥の声は
  函谷関のことにやと言ひ遣はしけるをたちかへり
  これは逢坂関にて侍るとあればよめる

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61番 伊勢大輔

いにしへの奈良の都の八重桜
  けふ九重ににほひぬるかな


昔 奈良の都で咲いていた八重桜が
今日は京の都の この宮中で美しく咲き匂っているわ


いにしへ・けふ 奈良の都・九重(平安の都) 八重・九重
と幾重にも対応させている
九重 = ここの辺 九重 = 宮中 けふ = 京 などは掛詞


49番 大中臣能宣の孫。
さすがは歌才を称へられた伊勢大輔、公式の晴れの
歌会で これだけの歌を即座に詠ふとは。
巧妙な技法にも拘らず格調高く滑らかですね。

伊勢大輔は万葉集 太宰少弐小野老朝臣の歌を
知っていたに違いありません。

3-0328
  青丹よし寧樂の都は咲く花の
    薫ふがごとく今盛りなり

60番 小式部内侍

大江山いく野の道の遠ければ
  まだふみも見ず天の橋立


生野への道はここから余りにも遠い
大江山は更にその向う
ましてその遥か遠くにある天の橋立へは
まだ行ったことがありません。

  母の居る橋立は めちゃ遠いおすやろ?
  橋立の地なんか踏んだことおへんえ
  それに母からは手紙も貰ってぁしまへんしなぁ


いく野 = 行く の掛詞  踏みも見ず = 文も見ず の掛詞
天の橋立 = 母 和泉式部がいる地であり縁語となっている


母は56番 和泉式部。

私はこの歌が百人一首の中で一番好きです。
 自分をからかった男に即興でしっぺ返しをしたこの歌
 こましゃくれた小娘が「さぁだうだぁ」と言っている。

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59番 赤染衛門

やすらはで寝なましものをさ夜ふけて
  かたぶくまでの月を見しかな


あなたが来るなどと おっしゃられなければ
ためらはずに寝てしまったでせうに
今か今かとお待ちしている間に夜が更け
とうとう西の山の端に傾く月を見てしまひました


やすらふ = ためらふ・躊躇する
寝なましものを = 寝てしまったでせうに
さ夜 = 「さ」美称の接頭語


赤染時用の女 (女と書いて「むすめ」と読む 娘の意)
赤染衛門は和泉式部と並び称される歌人

後捨遺集にあるこの歌の詞書に

  中関白少将に侍りける時はらからなる人に
  物いひわたり侍りたり
  たのめて来ざりければ
  つとめて女に代りてよめる

中関白・藤原道隆が少将であった時 赤染衛門の姉妹の許に
通っていたところ、来る約束をして来なかった翌朝
その姉妹のために代作して詠んだ

恋ひ死なば

11-2370
恋ひ死なば恋ひも死ねとか玉鉾の
  路行く人の言も告げなく

11-2401
恋ひ死なば恋ひも死ねとか我妹子が
  我家の門を過ぎて行くらむ


万葉集 巻第十一にある柿本人麿歌集の恋歌です。
万葉集と言へば人麿、人麿と言へば万葉集
しかもそこには謎がいっぱい。

歴史は何であれ その多くが謎に包まれています。
残された文献・伝説・風習・地名・人名等によって
色んな形の仮説が示されていますが真実は神のみぞ知る。

続きを読む▽

58番 大弐三位

有馬山猪名の笹原風吹けば
  いでそよ人を忘れやはする


有馬山近く猪名の笹原に風が吹いて
笹の葉が「そよ」と音をたてます
そう それなんですよ
揺れているのはあなたの心
わたしがあなたを忘れるなんて あり得ないことですから


いでそよ = それなんですよ・そのことなんですよ
上の句は「いでそよ」にかかる序詞


大弐三位は紫式部の娘・藤原賢子。
後拾遺集のこの歌の詞書に
  離れがれなる男の おぼつかなく など
  言ひたりけるによめる

心冷たくなっていた男が「あなたの心が分からない」などと
誤魔化すやうなことを言ってきたので大弐三位が詠んだ歌
猪名 = 否・「おぼつかなく」に対する「否」

百人一首の歌の多くは その出典の中の分類
(春夏秋冬・恋・雑)や歌の序詞を知ることによって
その歌の本来の意がより分かり易くなります。

57番 紫式部

めぐりあひて見しやそれともわかぬ間に
  雲がくれにし夜半の月かな


久しぶりねぇ すっかり変っちゃって
え? もう帰るの?


めぐりあひて = 再会して
それともわかぬ間に = 昔の面影を思ひ出さない間に


藤原為時の女。大弐三位の母。
そして何よりも「源氏物語」の著者です。

新古今集 雑の詞書に


 早くより童ともだちにて侍りれる人の
 年頃経て行き逢ひたる ほのかにて七月十日の頃
 月にきほひて帰り侍りければ

廻り逢ひて見しやそれともわかぬまに
  雲がくれにし夜半の月かげ

続きを読む▽

56番 和泉式部

あらざらむこの世のほかの思ひ出に
  今ひとたびの逢ふこともがな


私は間もなく死んでこの世にはいないでせう
あの世での想ひ出とするために せめてもう一度お逢ひしたい


あらざらむ = 在らずあらむ・死んでしまうだらう
この世の外 = あの世 もがな = 願望の終助詞(54番にも)


60番 小式部内侍の母親。
愛に生き悲恋に死んだ歌才の美女 和泉式部
病気になって死を意識しつつもなほ
恋しい人へ愛の歌を詠ふ

下の句が「今ひとたびの」で始まる歌は
26番にも出てきましたね
お手付きに注意

【関連記事】
貴船に行こう

55番 大納言公任

滝の音はたえて久しくなりぬれど
  名こそ流れてなほ聞えけれ


水がなくなり滝の音がしなくなってから長い年月を経たが
この滝の名声だけは今も世間に流れて聞こえてくる


こそ・・けれ = 係り結びの法則

藤原公任は26番 藤原忠平の曾孫。三十六歌仙の一人。
この歌の元となった「名古曽の滝」の滝址が嵯峨野にある。
この歌は滝を詠ったもので恋とは全く無縁の歌です。
が、詠み方によってはドンファンを詠った歌のやうにも。

百人一首の中で最も女性にもてた男性が公任です。
九人もの女性に囲まれています。
では最も多くの男性に囲まれた女性は誰?
それは右近。 第二位が伊勢。
何の話か分からないって?
小倉百人一首の並び順のことですよ。

54番 儀同三司母

忘れじのゆく末まではかたければ
  今日を限りの命ともがな


いつまでも忘れない心変りしないとお誓ひになっても
遠い将来まで変らないでいることは難しいことです
寧ろそのお言葉を聞いた今日を最後の日として
今の幸せを抱いたまま私は死んでしまひたい


忘れじの = 「忘れじ」の  難ければ = 難しいので
もがな = 願望の終助詞(そうしたい そうありたい)


名は貴子。藤原道隆の妻、藤原伊周の母
新古今集のこの歌の詞書には
  中関白通ひそめはべりける頃
とあります。
道隆と添ひ遂げた喜びと不安を詠った歌です。

青春の歌

11-2453
春楊葛城山にたつ雲の
  立ちても座ても妹をしそ思ふ


柳は緑に萌へ葛城山に白い雲がもくもくと立ち昇る
立っていても座っていても思ふはあなたのことだけ


春楊葛山發雲立座妹念

柿本人麿 青春時代の恋歌です。

万葉集 柿本朝臣人麿之歌集にある代表的な略体歌
たった十文字で表記されています。

「略体」「非略体」は阿蘇瑞枝氏によって名付けられました
「略体」は助詞・助動詞などを省略した表記法です。
それ以前 賀茂真淵は「詩体」「常体」と名付けていました。

柿本朝臣人麿之歌集は果たして人麿の作歌か?
柿本朝臣人麿は何歳で亡くなったのか?
万葉集はどのようにして成立したのか?
数え切れないくらい多くの著作があるのですね

53番 右大将道綱母

嘆きつつひとりぬる夜の明くる間は
  いかに久しきものとかは知る


門を開けるのがちょっと遅れたくらいで何よ
私が嘆きながら一人で寝る時は
明けるまでの時間がどんなに長く感じられるか
あなたにはお分かり?
分からないでせうねぇ
門を開ける間も待てないあなたには


ぬる = 寝る  明くる間 = 明けるまでの間は
かは知る = 係り結びの法則、お分かりでせうか 否お分かりに
ならないでせうね


蜻蛉日記の著者であり美女。
拾遺集のこの歌の詞書に
 「入道摂政まかりたりけるに門をおそくあけければ
  立ちわづらひぬといひ出でて侍りければよみ出しける」
入道摂政は夫(藤原兼家)

不老郎女から兼家へのおまけ

  一人待つ戸音の門の開くる間は
   いかに短きものとぞや知れ

52番 藤原道信朝臣

明けぬれば暮るるものとは知りながら
  なほ恨めしき朝ぼらけかな


夜が明ければ次には必ずまた夜が来る
そんなことは分っているけど 白々と夜が明けてくると
その夜明けが恨めしい
また夜になるまであなたと別れていなければならないから


明けぬれば = 明けてしまへば

太政大臣藤原為光の子。23歳で早逝。

恋人や妻と逢った翌朝のことを後朝(きぬぎぬ)といった。
語源は「衣衣」。 当時 蒲団はまだなかったのですね。
きぬぎぬ・・古歌の好きな人には何とロマンチックな言葉

今から40年ほど前の流行語なら「夜明けのコーヒー」
ピンキーとキラーズのヒット曲「恋の季節」です。

51番 藤原実方朝臣

かくとだにゑやはいぶきのさしも草
  さしも知らじな燃ゆる思ひを


こんなに好きなんだとさへ言ふことも出来ず
この燃ゆる思ひをあなたは知らない 嗚呼


かくとだに = このようであるとさへ
ゑ = 打消・反語を伴って とても・・出来ない
やは = 反語  得やは言ふ = 言ふことは出来ない
伊吹 = いぶき 言ふの掛詞 もぐさの産地とされている
いぶきのさしも草 = さしも知らじな の序詞
思ひ = おも火


藤原実方は左大臣師尹の孫。
藤原行成との口論が原因で陸奥守に左遷されたことは有名

「ゑやは言ふ」から「いぶきのさしも草」へと繋ぎ
「さしも草」から「さしも知らじな」を誘導
更に「もぐさ」から「燃ゆる」「おも火」に掛けている

万葉ファンから見れば技巧に凝り過ぎと非難されそうですが
この時代 技巧に凝り過ぎはなかった・・が私見です。

50番 藤原義孝

君がため惜しからざりし命さへ
  長くもがなと思ひけるかな


あなたに逢ふためなら命さへも
と思っていた私ですが、その願いが叶った今
長生きしたくなりました


長くもがな = 長くあって欲しい もがな = 願望

義孝は45番 藤原伊尹の子。21歳で早逝。

思ひが叶ふ前と叶った後とでは気持も変わるものですね
43番「逢ひ見ての」の雰囲気に何となく似ていると
思いませんか?

「君がため」で始まる歌は15番にも出てきましたね
慌ててお手付きしないようご注意あれ

49番 大中臣能宣朝臣

みかきもり衛士のたく火の夜はもえて
  昼は消えつつ物をこそ思へ


衛士の焚く篝火のように私の胸は夜になると赤々と燃え
昼は身も心も消え入るやうな物思ひをしている


みかきもり = 御垣守・宮城の門を守る衛士
第一・二句は「夜はもえて昼は消えつつ」に掛かる序詞


大中臣能宣は三十六歌仙の一人。
百人一首には下の句が「ひ」で始まる歌が十首あります。
そのうちの九首がなんと「ひと」で始まっています。
そしてこの49番だけが「ひる」で始まっているのです。

ちなみに下の句は「ひ」が十枚札で最も多く
一枚札は「お・き・さ・す・つ・と・ぬ・ね・を」の九首。
どう並び替えたら覚え易い言葉になるでせうね。

文字の並べ替えをアナグラム(Anagram)と言ひ
西洋では遊びの一種です

【関連記事】
むすめふさほせ

鴨山五首

柿本朝臣人麿の石見国に在りて臨死らむとする時
自ら傷みて作る歌一首

2-0223
鴨山の岩根し枕ける我をかも
  知らにと妹が待ちつつあらむ


柿本朝臣人麿の死りし時
妻依羅娘子の作る歌二首

2-0224
今日今日とわが待つ君は石川の
  貝に交りてありといはずやも

2-0225
直の逢ひは逢ひかつましじ石川に
  雲立ち渡れ見つつ偲はむ


丹比真人の柿本朝臣人麿の意に擬へて報ふる歌一首
2-0226
荒波に寄り来る玉を枕に置き
  われここにありと誰か告げなむ


或る本の歌に曰く
2-0227
天離る夷の荒野に君を置きて
  思ひつつあれば生けるともなし

続きを読む▽

48番 源重之

風をいたみ岩うつ波のおのれのみ
  くだけて物を思ふころかな


激しい風で波が岩に砕けるがごと
我が胸は張り裂けんばかり
なのに君が心は岩の如くびくともしない
嗚呼それでも私はあなたのことを思ひ続ける


風をいたみ = 風がひどいので  おのれのみ = 自分だけ
一句・二句は「くだけて」に掛かる序詞
物を思ふ = 恋に悩む・相手のことを一途に思ふ


三十六歌仙の一人。
この歌に先立ち
  風吹けば岩打つ波のおのれのみ
  くだけてものを思ふころかな
といふ歌が既に伊勢集にあると指摘されている旨
百人一首故事物語(池田弥三郎 著)に載っています。

このことが真実なら誰が見ても模倣
一度「伊勢集」を見てみなければ・・

47番 恵慶法師

八重むぐらしげれる宿のさびしきに
  人こそ見えね秋は来にけり


荒れ果てて雑草の生い茂った我が家
寂しいもんだなぁ 誰も来てくれる人もいない
でも秋は来てくれたか


葎(むぐら) = 野原や庭などに生える雑草
八重葎 = 葎が生い茂っている様子


拾遺集にあるこの歌の詞書には次のようにある。
  河原の院にて荒れたる宿に秋来るといふこころを
  人々よみ侍りけるに

河原の院とは14番 河原左大臣(源融)の大邸宅のこと
豪奢を極めた河原院にも約100年後は
葎が生い茂っていたのですね

46番 曽禰好忠

由良の門を渡る舟人かぢを絶え
  行方も知らぬ恋の道かな


流れの速い由良の河口を渡る舟人が
梶を失ってしまったように、私の恋の道は行く末も分からず
何のあてどもなく頼りなく漂うばかりだ


由良の門 = 由良川(京都府)の河口
かぢを絶え = 梶緒絶え・梶の緒が切れて
上三句は「行方も知らぬ」の序詞
由良 = 梶緒絶えた舟はゆらゆらと・・と掛けているのか


好忠は丹後の掾。
この歌は新古今集 恋歌に題知らずとして載っている

45番 謙徳公

哀れともいふべき人は思ほえで
  身のいたづらになりぬべきかな


あなたが心変りして私に冷たくなった今
私のことを「可哀想に」なんて言ってくれる人も思ひ浮かばず
私は恋焦がれ悶えて死んでしまふのかなぁ


哀れ = 可哀想に  思ほえで = 思ひ浮かばない
いたづらになりぬ = 死ぬこと 恋を儚んで死ぬこと


謙徳公は藤原伊尹の諡名。26番 貞信公の孫。

なんとまぁ女々しい歌ですね
でも当時の貴族男性はこのような心情になり得たようです。
男に捨てられた後の気丈夫な女性の歌は見受けられますが
気丈夫な男性の歌を私はまだ知りません。

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