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89番 式子内親王

玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば
  忍ぶることの弱りもぞする


わが命よ 絶えてしまうなら絶えてしまいなさい
かうして生き長らえていると堪え忍ぶ心が弱くなって
人に知られてしまふでせうから


玉の緒 = ここでは「魂の緒」の意で「命」のこと
ながらへば = 生き長らえば  忍ぶること = 堪え忍ぶこと


後白河天皇の第二皇女
定家との恋は真実か伝説か

この歌は新古今集に「百首歌の中に忍恋を」の詞書が
あるので この歌も題詠歌ですが それにしても
「命よ絶えなば絶えね」って凄いですね
現代人は恋のために こんなこと言へるでせうか
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同母姉弟(2)

大津皇子の薨りましし後に大来皇女の伊勢の斎宮より
京に上りし時に作りませる御歌二首
2-0163
神風の伊勢の国にもあらましを
  何しか来けむ君もあらなくに

2-0164
見まく欲りわがする君もあらなくに
  何しか来けむ馬疲るるに


2-0164 逢ひたいと思ふ弟はもういないのに
だうして来たんだらう 馬が疲れるだけなのに


大津皇子 賜死後の歌です
二度までも「何しか来けむ」と詠う
私は一体 何しにきたんだらう
弟はもう死んでしまったのに

大伯皇女は 同母姉弟 2005/11/23 では「大伯」と
表記されていますが ここでは「大来」と表記されています
大津皇子の生前と死後が何か関係しているのでせうか

88番 皇嘉門院別当

難波江の葦のかりねのひとよゆゑ
  みをつくしてや恋ひわたるべき


難波の入り江に生えている蘆の刈り根のように短い時間を
あなたと仮寝して一夜を過ごしましたね
私はこれから身を尽くしてあなたを恋ひ続けるのでせうか


難波江の蘆の = かりねに掛かる序詞
かりね = 刈り根と仮寝を掛けている
ひとよ = 一夜と一節を掛けている
みをつくして = 澪標と身を尽くしを掛けている


千載集の詞書に
 「摂政右大臣の時の家の歌合に
  旅宿逢恋といへる心をよめる」 とある
旅先の一夜の契で 再び逢ふことも難しい恋について
悲しい女心を詠ったもの

この歌 百人一首の中で既に出てきたやうな気が・・
そうなんです
以下の何れの歌にも共通したところがあるのですね

19番 伊勢 難波潟みじかき葦のふしの間も
20番 元良親王 難波なるみをつくしても逢はむとぞ思ふ

87番 寂蓮法師

村雨の露もまだひぬまきの葉に
  霧たちのぼる秋の夕ぐれ


にわか雨が通り過ぎ 濡れた真木の葉がまだ乾かないうちに
もうそのあたりには霧が立ちのぼり
次第に暮れてゆく秋の夕暮れは心淋しいなぁ


村雨 = 夕立・にわか雨  ひぬ = 干ぬ・乾いていない

俗名は藤原定長・定家の従弟
寂蓮の「夕暮の歌」この外に三夕の歌の一つがある

87番は百人一首 一枚札「む」です
これで「むすめふさほせ」の七枚が全部出揃ひました

86番 西行法師

嘆けとて月やは物を思はする
  かこち顔なるわが涙かな


嘆け と言って月が私に物思ひさせるのだらうか
いやさうではない 恋がさうさせるのだ
それなのに月のせいのやうにして
恨めしさうにこぼれ落ちる涙よ


かこち顔なる = 「かこつ」はかこつける・人のせいにする

千載集の詞書に「月前の恋といへるをよめる」とあるので
月を前にして恋人を恨む心を詠んだ題詠の歌です
西行は四国を旅した際に崇徳院を慰霊しているが
この場面は「雨月物語」の「白峯」に出てくる

85番 俊恵法師

夜もすがら物思ふ頃は明けやらで
  閨のひまさへつれなかりけり


薄情なあなたを恨んで終夜物思ひに沈んでいると
なかなか夜が明けず 閨の板戸の隙間さへ白んでこない
あなただけでなく閨の隙間まで私に辛く当たるのですねぇ


夜もすがら = 終夜・一晩中
明けやらで = 明け切らず  閨のひま = 寝室の戸の隙間


74番 源俊頼の子
この歌も題詠の歌で 女性の立場で詠っている

待っている相手の男性が来ない夜は早く明けて欲しいのに
閨のひまはいつまでも暗いまま  薄情者ぉ
辛い女の気持を上手く詠ってますねぇ
お坊さんのくせに

84番 藤原清輔朝臣

ながらへば又この頃やしのばれむ
  憂しと見し世ぞ今は恋しき


昔 辛かった時代も今思ひ起こせば懐かしい
それと同じやうに もしこの先 生き長らへていくなら
きっとこの今の辛い時代を懐かしく思ふに違いない


ながらへば = 生き長らへておれば
しのばれむ = 慕はしく思ひ出されるであらう


藤原清輔は79番 顕輔の子
過去と現在 現在と未来といふ対立を表現した歌

私はこの歌が大好きです
百人一首といふと すぐに思ひ浮かべるのが この歌です
この歌を知らない人でも こんな経験はあるでせう
私はこの歌から何故か戦後の空腹の時代を思ひ出します

同母姉弟

大津皇子の竊かに伊勢の神宮に下りて上り来ましし時に
大伯皇女の作りませる御歌二首
2-0105
我が背子を大和へ遣るとさ夜更けて
  暁露に吾立ち濡れし

2-0106
二人行けど行き過ぎ難き秋山を
いかにか君が独り越ゆらむ


2-0106 二人で一緒に越えやうとしても越え難い秋山を
弟は只一人で どのやうにして越えやうとしているのでせうか


大伯皇女は大津皇子の同母姉
歌の内容からお分かりのやうにこの時はまだ
大津皇子は存命中でした

この二首を見るだけでも大伯皇女が弟のことを
如何に心配していたか よく分かります

父・天武天皇の崩後 謀反の咎で捕へられて賜死
この続きは次回の万葉集で

83番 皇太后宮大夫俊成

世の中よ道こそなけれ思ひ入る
  山の奥にも鹿ぞ鳴くなる


辛い世の中から遁れやうと一人山深く入ってはみたが
山の奥でもやはり辛いことがあるのか
鹿が悲しく鳴いている
どこへ行かうと世の中の憂さや辛さから
遁れる道はないのだなぁ


道 = ここでは辛い世から遁れる「方法」
思ひ入る = 一途に思ひ込む・山に入るを掛けている


藤原俊成は定家の父
千載集の詞書には
「述懐百首の歌よみ侍りける時 鹿の歌とてよめる」 とある
貴族俊成に本当の世の中の辛さが分かっていたのでせうか
現代人が考える世の中の辛さとは異なっていたのでは・・
私はさう考へます

82番 道因法師

思ひわびさても命はあるものを
  憂きにたへぬは涙なりけり


あなたがつれないから私は思ひ苦しんでいます
辛さに堪えて命だけは永らへているのですが
堪え切れないのは涙 涙 涙


思ひわび = 思ひ極まり嘆くこと  さても = それでも
憂きにたへぬは = 辛さに堪え切れないのは


藤原敦頼。 片想ひの歌 それも知識だけで詠んだ歌
百人一首に「涙」は この歌と 86番 西行法師のたった二首
恋などしてはいけないお坊さんが 恋の思ひ叶わず流す涙
何だか絵になりませんねぇ
86番も題詠の歌 両方ともお遊びの歌です

81番 後徳大寺左大臣

ほととぎす鳴きつる方をながれむれば
  ただありあけの月ぞ残れる


あ ほととぎすが鳴いたなぁ と
その鳴き声の方を見ると ほととぎすの姿はすでになく
ただ明け方の月だけが残っていた


藤原実定。俊成の妹の子・定家の従兄弟
百人一首では一枚札 「ほ」

ほととぎすは万葉集でも詠はれています
私が知っている歌は 額田王の

2-0112
古に恋ふらむ鳥は霍公鳥
  けだしや鳴きしわが念へる如


鳴かぬなら鳴かしてみやう ほととぎす
鳴いて血をはく ほととぎす
有明の月が鳴いたか ほととぎす
以上 ほととぎす 色々でした

80番 待賢門院堀河

長からむ心もしらず黒髪の
  乱れてけさは物をこそ思へ


末永く心変りしないと言いひ交しましたが
あなたの心のほどはまだよくは分かりません
起きて別れた今朝は私の髪が乱れているやうに
私の心もいろいろと思ひ乱れています


長からむ = 長く愛し続けていく積もりだといふ男側の心
しらず = 期待できない 当てに出来ない
黒髪 = 乱れる の枕詞でもある  こそ思へ = 係り結び


待賢門院堀河は崇徳院 (77番) の生母 待賢門院に仕へて
堀河と呼ばれた
千載集の詞書に「百首の歌 奉りける時 恋の心を詠める」
とありますので これも題詠の歌 そして後朝の別れの歌です

79番 左京大夫顕輔

秋風にたなびく雲の絶え間より
  もれ出づる月の影のさやけさ


秋風が吹いて たなびいている雲の切れ目から
もれ出でてくる月の光は明るく澄み切って
なんて美しいのだらう


たなびく = 横に長く引いている  絶え間 = 切れ間
月の影 = 月の姿・月の光
さやけさ = 明るく澄み切っている様子


藤原顕輔は84番 藤原清輔の父。
百人一首には月を詠った歌が多いが この歌は素晴らしい
中でも私はこの歌の第四句の字余りが好きです
月の影のさやけさ・・現代でもこれは味わへますよ
でも今は少し時期的に遅くて 寒空になってしまひましたが

石川女郎(3)

大津皇子の宮の侍 石川女郎の
大伴宿禰宿奈麻呂に贈れる歌一首
2-0129
古りにし嫗にしてやかくばかり
  恋に沈まむ手童のごと


もう物の分かった老女だと思っていましたのに
これほど恋しさに心も沈むのでせうか
まるで幼女のやうに


20-4491
大き海の水底深く思ひつつ
  裳引きならしし菅原の里


  右の一首は藤原宿奈麿朝臣が妻 石川女郎の
  愛薄らぎ離別せらへ悲しび恨みて作れる歌なり
  年月未詳

以上 石川女郎に関連した歌は 相聞歌と引用 2005/09/21
石川女郎 2005/11/05 石川女郎(2) 2005/11/11
と今回の掲載で終りますが 何かお気づきになりましたか?

そうなんです 相聞歌と引用でご紹介した石川郎女だけは
石川女郎ではなく石川郎女と表記されています
「郎女」「女郎」 だうしてなんでせうねぇ

78番 源兼昌

淡路島かよふ千鳥の鳴く声に
  幾夜ねざめぬ須磨の関守


須磨と淡路の間を鳴いてわたる千鳥の哀れな鳴き声に
須磨の関守は夜中に何度眼を覚ましただらう
きっと幾夜も幾夜も眼を覚ましたに違いない


幾夜ねざめぬ = 幾夜 眼を覚ましたであらうか

これも題詠の歌です。 定家はこの歌を本歌として

旅寝する夢路は絶えぬ須磨の関
  かよふ千鳥のあかつきの声


これらの元になる歌は源氏物語 須磨の巻の歌
光源氏
友千鳥もろ声に鳴くあかつきは
  ひとり寝覚めの床もたのもし

77番 崇徳院

瀬をはやみ岩にせかるる滝川の
  われても末にあはむとぞ思ふ


川の瀬の流れが速いので岩に堰止められた急流が
二つに分かれてもまた一つとなって流れるやうに
今の私は他人に妨げられてあなたと別れなければならないが
いつかきっとまた一緒になれると信じています


瀬をはやみ = 流れが速いので  せかるる = 堰止められる
われても = 水の流れが割れる・自分達の仲が割れる


第七十五代天皇。保元の乱のあと讃岐に配流された
この歌の上三句は序詞ですが内容が下の句と
とてもよく融合しています
この歌も一枚札ですよ 「せ」

上田秋成の雨月物語「白峯」は崇徳院の配所生活を
脚色したものです
崇徳院の霊の詠として (西行)


松山の浪にながれてこし船の
  やがてむなしくなりにけるかな

76番 法性寺入道前関白太政大臣

わたの原こぎいでて見れば久方の
  雲居にまがふ沖つ白波


大海原に舟出してみると広々とした彼方には
大空にわいた雲と見まがふばかりに
沖の白波が立ちつづいている


わたの原 = 海  久方の = ここでは「空」にかかる枕詞
雲居 = 雲の居るところ即ち空・ここでは単に「雲」の意
沖つ = 沖の (天つ風の類)


藤原忠通 摂政関白藤原忠実の子
法性寺入道前関白太政大臣は百人一首の中で一番長い名前

詞花集の詞書に
「新院位におはしましし時 海上遠望といふことを
詠ませ給ひけるに詠める」ととして載っています
新院とは77番 崇徳院のこと

題詠であるとは言へ大空に湧き立つ白雲と沖の白波を
見間違へるとは これまた大袈裟な
でも法性寺入道はそんな海の景色を心に描いたのでせうね

75番 藤原基俊

契りおきしさせもが露を命にて
  あはれ今年の秋も去ぬめり


あなたがお約束下さったはかない言葉を頼みに
お待ち申し上げておりましたのにその甲斐もなく
今年の秋も空しく過ぎ去らうとしています


契りおきし = 約束しておいた 「おきし」は露の縁語
させもが露 = さしも草に宿った露  命にて = 頼みとして
去ぬめり = 去ってしまったやうだ


この歌は女性の恋歌みたいに詠むことが出来ます
でも実は親が子を思った歌なんです
  基俊が自分の息子を維摩会の講師にと76番 藤原忠通に
  頼んだところ「私がこの世にいる限り失望せずに
  任せておけ」 と約束されたがこの年もその約束は
  果たされなかった
忠通はかつて基俊に「しめぢが原」と答へていたのです
その意は清水観音の歌とされる


なほ頼めしめぢが原のさせも草
  わが世の中にあらむ限りは


この歌の第一句は「ただ頼め」の説もあります。

74番 源俊頼朝臣

憂かりける人を初瀬の山おろし
  はげしかれとは祈らぬものを


私につれなく振舞ふあなたの心が私になびくやう
初瀬の観音様にお祈りしておいたのに
あなたは以前より冷たく初瀬の山おろしみたいに
激しく当たるやうになりました
そんな風になるやうに祈ってはいないのに


憂かりける人 = 自分につれらく冷淡に当たる人
初瀬 = 奈良県桜井市初瀬の長谷寺
山おろし = 山から吹き降ろす激しい風
山おろし = 定家自筆では第三句は「山おろしよ」


源俊頼は71番 大納言経信の子
千載集のこの歌の詞書に
 「権中納言俊忠の家に恋十首の歌詠み侍りける時
  祈りて逢はざる恋といへる心を」 とあります
これも歌合での歌なんですね
「人を初瀬の」は何の掛詞でせうか
この表現はだう見ても掛詞としか見へないのですが

石川女郎(2)

大津皇子の竊かに石川女郎に婚ひし時に津守連通の
その事を占へ露はすに皇子のつくりませる御歌一首
未だ詳らかならず
2-0109
大船の津守が占に告らむとは
  まさしに知りて我が二人寝し


大船の泊まる津守が占に現はすだらうことを
まさしく知りながら私は二人で寝た


日並皇子尊の石川女郎に贈り賜へる御歌一首
女郎は字を大名児といへり
2-0110
大名児を彼方野辺に苅る草の
  束のあひだもわれ忘れめや


大名児が遠くの野辺で苅る草の ほんの束の間も
私は忘れるなどといふことがあらうか


日並皇子尊 = 草壁皇子  彼方(おちかた)  草(かや)

大津皇子と草壁皇子は異母兄弟で殆ど同時代を生きています
石川女郎から草壁皇子に宛てた歌は見当たりませんが
大津皇子との贈答歌は相聞歌と引用 2005/09/21 に掲載
大津皇子とその同母姉 大伯皇女の歌については別の機会に

73番 前権中納言匡房

高砂の尾の上の桜咲きにけり
  外山の霞 立たずもあらなむ


高砂の山の頂に桜の花が美しく咲いたなぁ
手前の低い山に霞などかからないでもらひたいものだ


尾の上 = 山の頂
外山 = 山の外側の低い部分・深山の反意語
立たずもあらなむ = 立ち込めないでもらいたひ


後拾遺集のこの歌の詞書には
「内のおほいまうち君の家に人々酒たうべて歌よみ侍りけるに
 遥かに山の桜を望むといふ心をよめる」 とある

縁語・掛詞もなく素直に山頂の桜に対する気持を
詠んだ歌として評価はかなり高い歌ですが
私には何となく平凡すぎるやうに感じられます

72番 祐子内親王家紀伊

音に聞く高師の浜のあだ波は
  かけじや袖の濡れもこそすれ


かねてから浮気者であると評判の高いあなたに
思ひをかけたりはしませんよ
末はきっと捨てられて悲しい涙に袖を濡らすやうな
つらい目を見るでせうからね


音に聞く = 評判に聞いている 音は波の縁語
高師の浜 = 評判が高い・・の掛詞
あだ波 = 絶えず動いている波・あだ男(薄情な男)
かけじや = かけまいよ


音に対して高師といふ掛詞 浜に対して波 かけじ 濡れる等の
縁語を用いるな等 この当時の歌風の必要な要素をことごとく
備へて 実に鮮やかなものです

この歌は金葉集恋の部に「堀川院の御時 艶書合によめる」
として載っています。
艶書合は懸想文合せともいひ 男の歌人が各々恋歌を作って
これを女官たちに配ると女官もまた返歌を作って送る一種の
遊戯です。
紀伊にあてられた歌は藤原定家の祖父である中納言俊忠の


人知れぬ思ひありその浦風に
  波のよるこそいはまほしけれ

71番 大納言経信

夕されば門田の稲葉おとづれて
  蘆のまろ屋に秋風ぞ吹く


夕方になると門前の田に美しく実っている稲の葉を
そよそよと吹き動かして 葦葺きの小屋に秋風が吹いている


夕されば = 夕方になると  門田 = 門前の田
おとづれて = 訪れたのは作者ではなく「秋風」
まろ屋 = 粗木で出来た粗末な家


源経信 74番 源俊頼朝臣の父。

先月あたり私の家の近くでもこんな風景が見られました
「春風」は朝のイメージ 「夏の風」と「秋風」なら夕暮れ
「木枯」は昼下がりのイメージでせうか
春夏秋冬を問はず「風」は絵になりますねぇ

70番 良選法師

さびしさに宿を立ち出でてながむれば
  いづこも同じ秋の夕暮れ


あまりもの寂しさに家を出てしみじみと辺りを眺めてみると
やはり秋の夕暮れはいづこも物悲しいもんだ


宿 = 良選法師が住んでいる家・現代語の宿の意ではない

秋の歌の秀れたものとして有名な 所謂 三夕の歌を
ご紹介しませう


藤原定家
見わたせば花も紅葉もなかりけり
  浦の苫屋の秋の夕暮

西行法師
心なき身にもあはれは知られけり
  鴫たつ沢の秋の夕暮

寂蓮法師
寂しさはその色としもなかりけり
  槙立つ山の秋の夕暮


良選法師の歌も決してこれらに劣るものではありません
この歌も百人一首の一枚札ですね 「さ」

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  • 1940.01 生まれ 男性
    この写真は但馬皇女の歌
    人言を繁み言痛み己が世に
      未だ渡らぬ朝川渡る

    をイメージしたものです

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