かきつばた
2005/12/30 (Fri) 21:28
都で志を得なかった男が同士と東国へ理想の天地を
求めて下る途中 三河の国の八橋の沢に
折しも咲き誇る かきつばた を題にして
旅愁を詠み込んで旅の一行を感動させた
から衣きつつなれにし妻しあれば
はるばるきぬる旅をしぞ思ふ
から衣 = 唐衣・「から」は美称・着るの枕詞
なれにし = 着馴れた(衣)・親しく馴れた(妻)
つましあれば = 褄と妻の掛詞
はるばる = 遥かと張るの掛詞
折句といえば「かきつばた」はその代表作
か 唐衣
き 着つつなれにし
つ 妻しあれば
ば はるばる来ぬる
た 旅をしぞ思ふ
この歌は 2005/09/05 在原業平朝臣 にも掲載してあります
人麻呂歌集(9)
2005/12/28 (Wed) 13:45
11-2473 菅根惻隠君結為我紐緒解人不有
菅の根のねもころ君が結びてし
わが紐の緒を解く人はあらじ
巻第十二
12-2857 菅根之惻隠々々照日乾哉吾袖於妹不相為
菅の根のねもころごろに照る日にも
乾めや我が袖妹に逢はずして
11-2473 菅の根のやうに深い愛情でもって
あなたが結んでくれたこの紐を解く人は決していません
あなた以外には誰にも解かせません
ねもころ = 心細かに・行届いた心で・深い愛の心
細い思ひ遣りのある心
「惻隠」 惻隠の情・惻隠の心 といふ言葉がありますが
万葉集では賀茂真淵が初めて「ねもころ」と詠みました
それまでは「しのびに」「しのびて」と
詠まれていたやうです
ねもころ 美しい響きですねぇ
人麻呂歌集(8)
2005/12/27 (Tue) 12:39
11-2447 白玉従手纒不忘念何畢
白玉を手に纒きしより忘れじと
思ほゆらくに何か終らむ
白玉を自分の手に巻き付けて枕としてからは
あなたのことを忘れまいとしているが・・
いやいやこの恋は決して終ることなどないのだ
白玉 = 美しい白石や貝・真珠
手に纒き = 恋人を腕に纒く を掛けている
2005/10/18 青春の歌でご紹介しました
人麿 青春時代の恋歌 春楊葛山發雲立座妹念
と同様にこの歌もたった十文字で表記されています
文字数が少ないせいか訓読も学者によって異なります
白玉 従手纒 不忘 念 何畢
訓読の仕方によって歌意も異ってきます
人麻呂は本当は何と詠んだのでせうね
人麻呂歌集(7)
2005/12/26 (Mon) 13:07
14-3481 安利伎奴乃佐恵々々之豆美伊敝能伊母尓
毛乃伊波受伎尓弖於毛比具流之母
あり衣のさゑさゑしづみ家の妹に
物言はず来にて思ひ苦しも
万葉集 巻第四 柿本朝臣人麻呂の歌
4-0503 珠衣乃狭藍左謂沈家妹尓物不語来而思金津裳
珠衣のさゐさゐしづみ家の妹に
物言はず来て思ひかねつも
さゑさゑ(さゐさゐ)しづみ = 美しい衣がさやさやと
しな垂れるやうに心も沈んで
巻第十四 14-3481 の歌には
柿本朝臣人麿の歌集の中に出づ
上に見ゆること已にをはりぬ
とあるので この歌も人麻呂歌集の歌でせう
人麻呂歌集(6)
2005/12/25 (Sun) 11:30
11-2415 處女等乎袖振山水垣乃久時由念來吾等者
少女らを袖振る山の瑞垣の
久しき時ゆ思ひけり我は
万葉集 巻第四 柿本朝臣人麻呂の歌
4-0501 未通女等之袖振山乃水垣之久時従憶寸吾者
未通女らが袖振る山の瑞垣の
久しき時ゆ思ひき我は
處女・未通女 = おとめ・神おとめ・聖少女・巫女
振る = 布留 袖振るは招神行為
瑞垣 = 水垣・神社宮殿の垣根・「みず」は美称
石上神宮(参考) = 奈良県 天理市 布留町 布留山
両句とも上の句は序詞
巻第四 4-0501 は人麻呂歌集の歌ではなく人麻呂の歌
人麻呂歌集の歌は果たして人麻呂の歌か否か
万葉学界では最大の議論点のやうです
私は人麻呂歌集の歌を人麻呂の歌として
当ブログを書いています
伊勢物語(六段)
2005/12/24 (Sat) 11:05
途中 倉の中に隠しておいたところ
雷雨の最中に鬼に喰はれてしまひました
実は女の兄たちが女の泣声を聞きつけて
男から取り戻したのでした
白玉かなにぞと人の問ひし時
露と答へて消えなましものを
あの光るものは何ですか 白玉ですか 何なのかしら
と女が尋ねたとき私は あれは露の光です と答へて
あの儚い露のやうに消へてしまへばよかった
さうすればこんなに悲しい思ひをしないで済んだのに
私はこの段の最初の文が何故かお気に入り
ご紹介しておきますね
むかし をとこありけり
女のえ得まじかりけるを
年を経てよばひわたりけるを
からうじて盗み出でて
いと暗きに来けり
伊勢物語(五段)
2005/12/23 (Fri) 00:38
崩れから通っていましたが 番人を置かれてしまった
逢ひ難き心中を歌に詠むと女は大変心を痛めたので
主人は二人の仲を許しました
ひと知れぬ我が通ひ路の関守は
宵々ごとにうちも寝ななむ
人に知られないやうに こっそりと通って行く道の番人は
二人の間を邪魔しないで毎夜毎夜ぐっすり寝込んで
しまって欲しい
さうすれば愛しい恋人に逢へるから
主人といふのは東五条邸の主人・五条の皇后
女とは勿論 二条后高子のことです
古今集 恋歌 この歌の詞書は
東の五条わたりに人を知りおきてまかり通ひけり
忍びなる所なりければ門よりしもえ入らで
垣のくづれより通ひけるを たびかさなりければ
あるじ聞きつけて かの道に夜ごとに人をふせて
守らすれば 行きけれどえ逢はでのみかへりて
よみてやりける 業平朝臣
伊勢物語(四段)
2005/12/22 (Thu) 12:41
通っていましたが 女を或る高貴な所に隠されてしまった
男は去年と同じ梅の花の咲く頃 去年のことが恋しくて
たまらず西の対を訪れ過ぎし昔を追憶して嘆きの歌を
詠みました
月やあらぬ春や昔の春ならぬ
わが身ひとつはもとの身にして
月は昔と同じ月ではないのであらうか
春は昔と同じ春ではないのであらうか
恋しい人の姿の見へない今はまるで去年の眺めと
感じが変ってしまった
ここにある我が身だけが元のままであるのに
西の対に住んでいた女が誰であるか名前は明示されて
おりませんが二条后高子であることが暗示されています
古今集 恋歌 この歌の長い詞書は
五条の后宮の宮の西に住みける人に 本意にはあらで
物言ひわたりけるを睦月の十日余りになん
ほかへ隠れにけり
あり所は聞きけれど え物も言はで又の年の春
梅の花ざかりに月のおもしろかりける夜 去年を恋ひて
かの西の対に往きて月のかたぶくまで
あばらなる板敷に臥せりてよめる 在原業平朝臣
伊勢物語(二段)
2005/12/21 (Wed) 14:50
まださだまらざりける時に西の京に女ありけり
その女 世人にはまされりけり
その人かたちよりは心なんまさりたりける
ひとりのみもあらざりけらし それをかのまめ男
うち物語らひて帰り来ていかが思ひけん
時は三月のついたち雨そほふるに遣りける
起きもせず寝もせで夜をあかしては
春の物とてながめ暮らしつ
昨夜はあなたと逢って一晩中 起きることもなく
寝もしないで夜を明かし 今 昼は昼で春のものとして
降るこの長雨を見ながら物思ひに耽っています
この段も短いので全文を載せました
古今集 在原業平のこの歌の詞書には次のやうにあります
三月のついたちより忍びにものを言ひて後
雨のそぼ降りけるによみてつかはしける
伊勢物語(初段)
2005/12/20 (Tue) 09:59
しるよしして狩にいにけり
から始まる「伊勢物語」初段 続いて
その里にいとなまめいたる女はらから住みけり
この男かいまみてけり
思ほえずふる里にいとはしたなくてありければ
心地まどひにけり
男の着たりける狩衣の裾を切りて歌を書きてやる
その男 信夫摺の狩衣をなむ着たりける
春日野の若紫のすり衣
しのぶのみだれかぎり知られず
春日野に生える若紫草の根ですった若紫の狩衣の
模様が乱れているやうに 美しいあなた方を思ひ慕ふ
私の心は乱れて限り知れません
初冠(うひかうぶり) = 男子の成人式で初めて成人の
服を着 冠をつける・元服
人麻呂歌集(4)
2005/12/18 (Sun) 17:57
言にいへば耳にたやすし少くも
心のうちにわが思はなくに
言葉で言ってみると大したことではないやうに
聞こへるだらう
心の中では少々のこととは思っていないのだけど
恋の歌と受取れないこともないのですが
然し原文を見ると
言云者三々二田八酢四小九毛心中二我念羽奈九二
数字が九つも使用されています 三三二八四九二九二
だとすると歌の意にも このことが含まれているのでせうか
1-0040 柿本朝臣人麿作歌
嗚呼児の浦に船乗りすらむ乙女らが
珠裳の裾に潮満つらむか
嗚呼見乃浦尓船乗為良武◇嬬等之
珠裳乃須十二四寳三都良武香
原文中の◇の文字は「女偏」に「感」
十二四三 即ち 12=4×3
人麻呂歌集(3)
2005/12/17 (Sat) 13:10
眉根掻き鼻ひ紐解け待つらむか
いつかも見むと思へるわれを
11-2409
君に恋ひうらぶれ居れば悔しくも
わが下紐を結ふ手たゆしも
11-2808
眉根掻き鼻ひ紐解け待てりやも
いつかも見むと恋ひ来しわれを
11-2408 眉を掻き くしゃみをし紐を解いて
待っているだらうか
早く逢ひたひと思っている私を
11-2409 あなたに恋して心がしほれていると
残念なことに私の下紐を結ぶ手がものうひことだ
眉根掻き = 恋の前兆
11-2808 の左註には次のやうにある
右は上に柿本朝臣人麿の歌の中に見ゆ
ただ問答なるを以ちての故に累ねて茲に載せたり
人麻呂歌集(2)
2005/12/16 (Fri) 09:40
垣ほなす人は言へども高麗錦
紐解き開けし君ならなくに
11-2406
高麗錦紐解き開けて夕だに
知らざる命恋ひつつやあらむ
11-2405 家の周りを垣でとりかこむやうに
人々は周囲でうわさするけれど
高麗錦の紐を解き開けて寝た君でもないのに
11-2406 高麗錦の紐をほどいて今日の夕方まで
生きておられるかだうかさへ 分からないこの命で
恋ひ続けているのだらうか
垣穂なす = 周囲をとりかこむ垣のように 夕 = 夕べ
このやり取りはだうみても女が誘ってますねぇ
とはいへ 何れも若き人麻呂の歌ですけど
人麻呂歌集
2005/12/15 (Thu) 09:59
高麗錦紐の片方ぞ床に落ちにける
明日の夜し来なむと言はば取り置きて待たむ
結んだ筈の高麗錦の紐の片方が床に落ちていたの
憎らしいけど明日の夜 来るといふのなら
取っておいて待っているわ
高麗(こま)錦 = 高麗様式の錦織
落ちにける = 結んで愛を誓った紐がとけて落ちていた
これは人麻呂歌集に出ている旋頭歌の一首
高麗錦の紐を用いた歌はこの後にも出てきます
「紐解く」の表現は色っぽいですね
人麻呂歌集の歌については
2005/10/18 青春の歌 2005/10/24 恋ひ死なば で
11-2453 春楊 11-2370 恋ひ死なば 11-2401 恋ひ死なば
の三首をご紹介していますが 歌集には素敵な歌が多いので
これからも「人麻呂歌集」のタイトルでご紹介して
いきたひと思っています
風吹けば
2005/12/14 (Wed) 11:57
風吹けば沖つ白浪たつた山
夜半にや君がひとりこゆらむ
1-0043 當麻麿大夫の妻 (万葉集より 以下同)
我が背子はいづく行くらむ沖つ藻の
隠の山を今日か越ゆらむ
1-0083 長田王
海の底沖つ白波立田山
いつか越えなむ妹があたり見む
4-0511 當麻麿大夫の妻
我が背子はいづく行くらむ沖つ藻の
隠の山を今日か越ゆらむ
11-2435 柿本朝臣人麿の歌集
淡海の海沖つ白波知らねども
妹がりといはば七日越え来ぬ
15-3673 読人不知
風吹けば沖つ白波かしこみと
残の亭にあまた夜そ寝る
100番 順徳院
2005/12/13 (Tue) 10:39
なほあまりある昔なりけり
宮中の荒れ果てた古い建物の軒に忍ぶ草が生えている
皇威の衰へはこの上なく如何に偲んでも
偲びつくせない程 隆盛であった昔が慕はしく
思はれるのです
ももしき = 百敷・百の石城(いしき)が元の意味
大宮に掛かる枕詞 之を独立させて「大宮」
「宮中」の意味に用いるやうになった
ここでは後者の意
99番 後鳥羽院の第三皇子
父 後鳥羽院に協力して承久の乱を起こしたが
失敗して佐渡に配流された
藤原定家がこの親子の歌を百人一首の最後に載せて
百人一首を締めくくったのは何故
謎がいっぱいの百人一首 これでオシマイ
一枚札の「む」「す」「め」「ふ」「さ」「ほ」「せ」
憶えましたか? これだけでも憶えますと
百人一首が楽しくなること請合いですよ
99番 後鳥羽院
2005/12/12 (Mon) 12:05
世を思ふゆゑに物思ふ身は
世の中が昔と変って事毎に思ふにまかせないので
世の中を味気なく思ふにつけて
いろいろと物思ひに絶えない身には
とかく人を惜しくも思ひ
また恨めしくも思ったりする
をし = 「愛し」いとおしい「惜し」惜しむ の両方の意
あぢきなく = 味気なく・にがにがしい・面白くないの意
世を思ふ = この世をつまらなく思ふ
承久の乱を起こすも之に失敗し隠岐島に配流された
藤原定家ともいろいろな葛藤があったやうですが
それも私達にとっては「紅旗征戎非吾事」
といったところでせうか
異母兄妹
2005/12/11 (Sun) 06:14
今朝の朝明雁が音聞きつ春日山
黄葉にけらし我が情痛し
8-1514
秋萩は咲くべくあるらし我が屋戸の
浅茅が花の散りぬる見れば
8-1515
言しげき里に住まずは今朝鳴きし
雁に副ひて去なましものを
16-3816
家にありし櫃にかぎ刺し蔵めてし
恋の奴のつかみかかりて
8-1515 但馬皇女
人の噂のうるさい里に住んでいないで
今朝 声を聞いた雁とともに 此処を去ってしまひたい
16-3816 穗積親王
家にあった櫃に鍵をかけて しまっておいた恋の奴めが
つかみかかってきよって
2005/12/05 他 同母姉弟では姉が弟を心配し
そして弟の死を悲しむ歌をご紹介しましたが
ここでは異母兄妹の激しい恋の歌をご紹介しました
一部は既に 2005/08/16 に但馬皇女に載せています
98番 従二位家隆
2005/12/10 (Sat) 12:25
みそぎぞ夏のしるしなりける
楢の木の葉に風が吹き渡りっている奈良の小川の夕暮時は
涼しくて秋の訪れを思はせるやうであるが
この川で行はれている禊の行事だけが
まだ夏であることの証拠なのだなぁ
なら = 奈良・楢の掛詞
藤原家隆
新勅撰集に寛喜元年女御入内の屏風として出ているので
この詞書によって屏風歌であることが分かります
また 本歌は次の二首とされています
八代女王
みそぎするならの小川の河風に
祈りぞわたる下に絶えじと
源頼綱
夏山の楢の葉そよぐ夕ぐれは
今年も秋の心地こそすれ
97番 権中納言定家
2005/12/09 (Fri) 12:08
焼くやもしほの身もこがれつつ
待っても来ないあなたを 今来るかくるかと待っている私は
松帆の浦の夕凪時に海士が焼いている藻塩のやうに
あなたを慕って身も恋焦がれています
「待つ」と「松」は掛詞 「藻塩」と「こがれ」は縁語
藤原定家 小倉百人一首の撰者 83番 藤原俊成の子
この歌は定家の歌ですから待てど来ぬ女性を男性の立場で
詠ったものだとばかり思っていました
ところがこれは万葉集からの本歌取りであり
女性(海少女)の立場での歌であることが分かりました
然し本歌そのものは男性の立場で詠っています
笠朝臣金村
6-0935
名寸隅の船瀬ゆ見ゆる淡路島
松帆の浦に朝凪に 玉藻刈りつつ夕凪に
藻塩焼きつつ海少女 ありとは聞けど見に行かむ
縁のなければ大夫の 情は無しに手弱女の
思ひたわみて徘徊り われはそ恋ふる船梶を無み
95番 前大僧正慈円
2005/12/07 (Wed) 12:16
わがたつ杣に墨染の袖
私はこの比叡山に住んで墨染の袖で
世の中の人を蔽って安全を祈祷しているが
法徳の拙いこの身でこの事に当たるのは
誠に身分不相応なことだ
おほけなく = 身分不相応に
おほふかな = 墨染の袖を以って蔽ふことを感動的に表現
わがたつ杣 = 比叡山延暦寺の根本中堂の一名
墨染の袖 = 僧侶が着る衣
76番 藤原忠通の子
この歌の本歌とされる歌は
新古今集 巻第二十 釈教歌
比叡山中堂建立の時歌 伝教大師
阿耨多羅三藐三菩提の仏たち
わが立つ杣に冥加あらせ給へ
94番 参議雅経
2005/12/06 (Tue) 11:33
ふるさと寒く衣うつなり
吉野山の秋風が寂しげに吹いて夜も更けてきたが
折しも この古都の里人が打つ砧の音が
寒々と聞こへてくるよ
み吉野 = 「み」は美称の接頭語
さ夜 = 「さ」も美称の接頭語
ふるさと = ここでは古都・旧都の意 即ち吉野を指す
衣打つ = 砧(きぬた)打つ・布を槌で打って柔らかくする
藤原雅経
「寒く」は「ふるさと」「衣うつ」の両方に掛かる
衣打つ = 砧打つ を知らなかった頃の私は
衣を打っているのは秋風だとばかり思っていました
この歌は新古今集に「擣衣の心を」として出ています
本歌は坂上是則の
み吉野の山の白雪積もるらし
ふる里寒くなりまさるなり
同母姉弟(3)
2005/12/05 (Mon) 09:39
大来皇女の哀しび傷みて作りませる御歌二首
2-0165
うつそみの人なるわれや明日よりは
二上山を弟世とわが見む
2-0166
磯の上に生ふる馬酔木を手折らめど
見すべき君がありと言はなくに
2-0165 現し身の人である私は 明日からは
二上山をわが弟として見やう
2-0166 岸のほとりに咲く馬酔木を手折って
思はず花を見せたいと思ふ
だけど見せるべき弟よ あなたはもういない
右の一首は今案ふるに 移し葬れる歌に似ず
けだし疑はくは伊勢の神宮より京に還りし時
路の上に花を見て感傷哀咽してこの歌を作れるか
二上山を弟世とわが見む
この歌は万葉集に触れてだいぶ早い時期に憶えました
この歌を好きだった友達と佐保路を歩いたことを
ふと思ひ出しました
93番 鎌倉右大臣
2005/12/04 (Sun) 14:26
あまの小舟の綱手かなしも
渚をこいでゆく漁夫の小舟の引き綱を扱ふ様子は
何とも言へず趣深いものだ
このやうな景色がいつまでも見られるやうに
世の中は変らないでいて欲しいものだ
常にもがもな = いつまでも永久不変であって欲しい
あま = 海人・漁夫 かなし = 愛し・いとほしい
源実朝は源頼朝の次男 母は北条政子
「常にもがもな」現代人にはまるで早口言葉のやうですね
この歌の本歌とされているのが以下の二首です
万葉集 01-0022
河の上のゆつ岩群に草むさず
常にもがもな常処女にて
古今集 巻第二十 東歌 (陸奥歌)
陸奥はいづくはあれど塩釜の
浦漕ぐ舟の綱手かなしも
92番 二条院讃岐
2005/12/03 (Sat) 07:45
人こそ知らねかわく間もなし
あなたの無常を恨んで密かに泣いている私の袖は
潮の引く時にも見えない沖の石のやうに
人は知らないでせうが あなたを恋ひ慕って
涙で乾くひまもありません
潮干 = 潮の引く時
人こそ知らね = 係り結・ 知らね は 知らず の已然形
二条院に仕えて讃岐と称した
この歌を詠んでから有名になり「沖の石の讃岐」と言はれた
千載集の詞書によると「石に寄する恋といへる心を」とあり
題詠の歌であることが分かる
それにしても石と恋をテーマにこんなに悲しい歌を
発想する事ができる二条院讃岐
二句・三句が下の句の序詞になっているのですが
潮干に見えぬ沖の石の情景が私にさへ見えてきます
91番 後京極摂政前太政大臣
2005/12/02 (Fri) 00:04
衣かたしきひとりかも寝む
こおろぎが鳴いているなぁ
この霜の降りた寒々とした夜
私は粗むしろの上で着物を着たまま片袖を敷いて
ひとり寂しく寝るのであらうなぁ
きりぎりす = 今のこおろぎ
さむしろ = 粗末なむしろ・寒しを掛けている
衣かたしき = 着物の片袖を敷いて
ひとりかも寝む = ひとり寝るのであらうか
藤原良経は76番 法性寺入道前関白太政大臣の孫
この歌も本歌取りとされていますが本歌は何れか
古今集 読人不知
さむしろに衣かたしき今宵もや
我をまつらん宇治の橋姫
伊勢物語 六十三段
さむしろに衣かたしきこよひもや
恋しき人に逢はでのみ寝む
90番 殷富門院大輔
2005/12/01 (Thu) 09:51
ぬれにぞぬれし色はかはらず
涙で色が変ってしまった私の袖をお見せしたいものです
雄島の漁夫の袖でさへ波でずぶ濡れにはなりましたが
私の袖のやうに色が変るやうなことはありません
見せばやな = 見せたいものですよ
雄島のあまの袖だにも = 雄島のあまの袖でさへ
ぬれにぞぬれし = ぬれにぬれた・ひどく濡れた
本歌取りにもいろいろありますが
この歌は本歌の「袖」を引き合いに出して
本歌とは比較にならないほど悲しい恋を詠っています
後拾遺集にある源重之の本歌とは
松島や雄島の磯にあさりせし
海人の袖こそかくはぬれしか





























