鹿鳴く声

大和物語 158
大和国に男女ありけり 年月かぎりなく思ひて住みけるを
いかがしけむ 女を得てけり  なほもあらず この家に
率て来て 壁を隔ててすえて わが方にはさらに寄り来ず
いと憂しと思へど さらに言ひもねたまず
秋の夜の長きに 目をさまして聞けば 鹿なむ鳴きける
ものも言はで聞きけり  壁を隔てたる男「聞きたまふや
西こそ」と言ひければ「何ごと」といらへければ
「この鹿の鳴くは聞きたうぶや」と言ひければ
「さ聞きはべり」といらへけり
男「さて それをばいかが聞きたまふ」と言ひければ
女 ふといらへけり


われもしか なきてぞ人に恋ひられし
  今こそよそに声をのみ聞け


と よみたりければ かぎりなくめでて
この今の妻をば送りて もとのごとなむ住みわたりける


私も以前 その鹿が鳴くやうに泣いてあなたに
恋ひ慕はれたものでした
それが今では他所であなたの声だけを聞いています

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はねかづら

万葉集 巻第四  童女の来り報へたる歌一首
4-0706 葉根蘰今為妹者無四呼 何妹其幾許戀多類

葉根蘰今する妹は無かりしを
  いづれの妹そここだ恋ひたる


はねかづらを今つける少女とおっしゃいますが
あなたにそんな年頃の恋人は居なかった筈ですし
私はとっくに成人式は済ませてますよ
いったいどこのどなたが それほどあなたを
恋ひ慕っておられるのでせうねぇ


葉根蘰 = 羽根で作った髪飾り・女性の成人式につける
今する = 新たにする  無かりし = 無かった(過去)
幾許(ここだ) = たくさん・たいそう・はなはだしく


この歌は
万葉集 巻第四  大伴宿禰家持の童女に贈れる歌一首
4-0705 葉根蘰今為妹乎夢見而 情内二戀渡鴨


葉根蘰今する妹を夢に見て
  心の内に恋ひ渡るかも


に応えた歌です
相手が思ふと夢(いめ)に姿が現れるといふ見方に立って
家持の歌を 誰か別の女が家持を思っている意にとりなし
「ほかの誰かさんでしょ」とはぐらかした機知に富んだ歌

痛背の河

万葉集 巻第四  紀郎女の怨恨の歌
4-0643 世間之女尓思有者吾渡 痛背乃河乎渡金目八

世間の女にしあらばわが渡る
  痛背の川を渡りかねめや


もし私が世の常の女であったなら
この川を渡ることを ためらひはしなかったでせう
普通の女なら せっぱつまった時は
自分から川を渡ってでも逢ひに行くでせうに
私にはそれさへも出来ないのです


怨恨の歌 = 恋のうらみの歌  世間の = 世の中の
世間の女(をみな)にしあらば = 世の中の普通の女なら
痛背 = あな背(夫)「あぁ あなた」の掛詞


「川を渡る」と言へば何といっても 2005/08/16 但馬皇女

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大寺の餓鬼

万葉集 巻第四  笠女郎の大伴宿禰家持に贈れる歌
4-0608 不相念人乎思者大寺之 餓鬼之後尓額衝如

相思はぬ人を思ふは大寺の
  餓鬼の後に額づくが如


私を思ってくれない人を思ふのは
大寺の餓鬼像を後から拝むやうなもので
何の役にも立たず無意味なことですねぇ


後 = しりへ

戯歌でせうね
この歌は高校時代に次の歌とセットで覚えました
次の歌の五句「邑礼左變」は難解語として有名ですが
私は「疑ふなゆめ」として丸暗記していました
難解語だと知ったのはずっと後のことです


4-0655 不念乎思常云者天地之 神祇毛知寒邑礼左變

思はぬを思ふと言はば天地の
  神も知らさむ疑ふなゆめ

物思ひまさる

万葉集 巻第四  笠女郎の大伴宿禰家持に贈れる歌
4-0602 暮去者物念益見之人乃 言問為形面景為而

夕されば物思ひまさる見し人の
  言とふ姿面影にして


夕方になるとひとしほ物思ひが募ってきます
私に話しかけて下さるあなたのお姿が目にちらついて


言問ふ = ここでは「話しかける」の意
見し人 = 前にお逢ひした人
物思ひ = この歌を含め 多くは「恋慕ふ思ひ」を指します
  百人一首 (後鳥羽院)「世を思ふゆえに物思ふ身は」
  これなどが「恋」とは異なる「物思ひ」の例でせう


「見し人の」から 失恋の歌のやうに聞こえます
この歌を知ったのは結婚するだいぶ前で
その頃 恋人だった人から教えて貰ったのですが
ただ「言とふ姿」の句は「言問ひしさま」でした

寝よとの鐘

万葉集 巻第四  笠女郎の大伴宿禰家持に贈れる歌
4-0607 皆人乎宿与殿金者打奈礼杼 君乎之念者寐不勝鴨

人皆を寝よとの鐘は打つなれど
  君をし思へば寝ねかてぬかも


さぁ皆んな寝なさい といふ「寝よとの鐘」が打たれても
あなたのことを思ふと眠らうにも眠れません


寝よとの鐘 = 午後十時頃 四つ鳴らされた
  人の寝静まるべき時刻とされていた


笠女郎の歌の中で最も好きな歌です
理由は簡単 「寝よとの鐘」ってとてもロマンチックな
言葉の響きがあるからです

さかしらする親(2)

伊勢物語 (四十段)

 親あはてにけり 猶思ひてこそいひしか いとかくしも
 あらじと思ふに 真実に絶え入りにければ
 まどひて願たてけり  今日の入相ばかりに絶え入りて
 又の日の戌の時ばかりになむ からうじて
 息出でたりける  昔の若人はさるすける物思ひをなむ
 しける  今の翁まさに死なむや

思ひてこそいひしか = 息子のためを思ったからこそ
  言ったのに
いとかくしもあらじと思ふに = これほどでもあるまいと
  思ったのだが
  (本当に気絶しているなどとは思っていなかった)
願たてけり = 息子が生き返るやう神仏に願を立てた
入相ばかり = 日暮れの頃
又の日の戌の時 = 翌日の午後八時頃
すける物思ひ = ひたむきの恋
今の翁 = 「昔の若人」に対しての言葉
  昔の人の情熱的なのに比べ現代人が翁のやうに
  分別顔していることを風刺した言葉
まさに死なむや = 恋に死ねるであらうか 死ねはしまい

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さかしらする親

伊勢物語 (四十段)
若い男が召使の女を恋した  親は二人の仲を裂うとして
女を追出した  男は親がかりの上 気弱であったので
それを止められず ただ泣くだけであった
悲しみの余り歌を詠んで気を失ってしまった
親は息子のためを思ってやったのにと意外に思ひながら
神仏に願を立てた
男はやっと丸一日たって息を吹返した


 昔わかきをとこ異しうはあらぬ女を思ひけり
 さかしらする親ありて思ひもぞつくとて この女を
 ほかへをひやらむとす さこそいへ まだをいやらず
 人の子なれば まだ心いきほひなかりければ
 とどむるいきほひなし 女も卑しければ すまふ力なし
 さるあひだに思ひはいやまさりにまさる 俄かに親この
 女をおひうつ をとこ血の涙をながせども
 とどむるよしなし 率て出でて去ぬ
 をとこ泣く泣くよめる

出でていなば誰か別の難からむ
  ありしにまさる今日は悲しも


 とよみて絶え入りにけり (続)

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梓弓(3)

伊勢物語 (二十四段)

 といひけれど おとこかへりにけり
 女いとかなしくて後にたちて をひゆけど
 えをひつかで清水にある所に伏しにけり
 そこなりける岩に およびの血して書きつけける

あひ思はで離れぬる人をとどめかね
  わが身は今ぞ消えはてぬめる


 と書きて そこにいたづらになりにけり

私がこんなに思っているのにその思ひが通はないで
離れ去っていく人を引止められず 悲しさのあまり
私の身は今にもすっかり消へてしまひさうです


後にたちて = しりにたちて・あとについて
をひゆけど = 追ひ行けど
えをひつかで = 追ひつくことが出来なくて
清水に = 清水の湧く所で倒れ伏してしまった
およびの血して = 指の血で
消えはてぬめる = 死んでしまひさうだ
いたづらになりにけり = むなしくなってしまった
  はかなくなってしまった
  ここでは「死んでしまった」の意

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梓弓(2)

伊勢物語 (二十四段)

梓弓ま弓槻弓年を経て
  わがせしがごとうるはしみせよ


 といひて去なむとしければ女

梓弓引けど引かねど昔より
  心は君によりにし物を


幾多の年月 私があなたを愛して来たやうに
今度の相手と仲睦じく暮らして下さいね


と言って立去らうとしたので女は

あなたが私を愛してくれやうと くれまいと かまひません
私はただ一途にあなたに心を寄せて来たのですから


<梓弓 ま弓 槻(つき)弓 = 色んな弓があるやうに
  数々の年月を経て来た・・の意
わがせしがごと = 私があなたを愛して来たやうに
うるはしみせよ = 仲睦じく暮らしなさい


(この項 続く)

梓弓

伊勢物語 (二十四段)
宮仕へのため京へ行ったまま帰って来ない男を三年もの
間 待ちあぐんだ女は他の男と結婚する事になった
その時 皮肉にも男が帰って来た
女はその間の事情を告げると男は女の立場を思って
立ち去る  女は男がいとしくなり その後を追ふが
清水のほとりで倒れ伏して死んでしまった


 むかしおとこ片田舎に住みけり おとこ宮仕へしにとて
 別れをしみてゆきにけるままに三年来ざりければ
 待ちわびたりけるに いとねむごろにいひける人に
 今宵逢はむとちぎりたりけるに このおとこ来たりけり
 この戸あけたまへ とたたきけれど あけで歌をなん
 よみて出したりける

あらたまの年の三年を待ちわびて
  ただ今宵こそ にひまくらすれ


 といひ出したりければ (続)

三年もの間あなたを待ちわびて ちょうど今夜
他の男と結婚することになっているんですよ

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相聞歌(六)

万葉集 巻第四 大伴坂上郎女の歌
4-0564 山菅之實不成事乎吾尓所依
          言礼師君者与孰可宿良牟
4-0564
山菅の実成らぬことを我に寄せ
  言はれし君は誰とか寝らむ


山菅のやうに実らぬ恋だと 私との恋を噂されたあなたは
いま誰と寝ているのでせう


寝らむ = ぬらむ

実ならぬ木と言へば「玉葛」「山菅」「山吹」

2-0101
玉葛実ならぬ木には千早ぶる
  神そ着くといふ成らぬ木ごとに


10-1860
花咲きて実はならずとも長き日に
  思ほゆるかも山吹の花

相聞歌(五)

万葉集 巻第四 高田女王の今城王に贈れる歌六首
4-0538 他辞乎繁言痛不相有寸 心在如莫思吾背子

人言を繁み言痛み逢はざりき
  心あるごとな思ひ我が背子


人の噂が多くうるさいので お逢ひしませんでした
私に他意があるなどと決して思はないで下さいね


「人言を繁み言痛み」と言へば「未だ渡らぬ朝川渡る」
2005/08/16 但馬皇女 を是非ご覧下さい
当ブログ表紙の右列の下方に この「川」のイメージ
写真を 2005/08/08 掲載しました

「人言を繁み」も万葉集では多用されています
高田女王の今城王に贈れる歌六首は 4-0537 〜 4-0542

相聞歌(四)

万葉集 巻第四 海上女王のこたへ奉れる歌一首
4-0531 梓弓爪引夜音之遠音尓毛 君之御幸乎聞之好毛

梓弓爪引く夜音の遠音にも
  君が御幸を聞かくし好しも


夜 梓弓を爪引くやうな極ほのかなうわさであっても
あなたがおいでになると聞くのは嬉しいことですわ


梓弓爪引く = 当時の魔除けの行為 (夜警の武士が行ふ)

万葉集の中で梓弓の語句はかなり多く使はれています
2005/09/21 相聞歌と引用 にも関連歌を載せています
「梓弓爪引く」の歌の上の句は
19-4214 家持の長歌にも出ています

相聞歌(三)

万葉集 巻第四 中臣朝臣東人の阿倍女郎に贈れる歌一首
4-0515 獨宿而 絶西紐緒 忌見跡 世武為便不知 哭耳之曽泣

阿倍女郎の答へたる歌一首
4-0516 吾以在 三相二搓流 絲用而 附手益物 今曽悔寸

4-0515
独り寝て絶えにし紐をゆゆしみと
  せむすべ知らに ねのみしそ泣く

4-0516
わが持たる三相によれる糸もちて
  附けてましもの今そ悔しき


あなたと離れて独りで寝ていると
取れてしまった紐が不吉で なすすべもなく
途方にくれて泣いています


私の持っている三撚りの糸で付けてあげたらよかった
今になって悔やまれます


忌々しみと = 不吉なので  三相によれる = 三つ撚り

阿倍女郎ってどんな人なんでせうねぇ
3-0269 阿倍女郎 4-0505 4-0506 安倍女郎
8-1631 大伴宿禰家持が安倍女郎に贈れる歌一首
誰と誰が同一人物か 或は別人か

相聞歌(二)

万葉集 巻第四  吹黄刀自の歌二首
4-0490 真野之浦乃与騰乃継橋情由毛 思哉妹之伊目尓之所見
4-0491 河上乃伊都藻之花乃何時々々 來益我背子時自異目八方

4-0490
真野の浦の淀の継橋情ゆも
  思へか妹が夢にし見ゆる

4-0491
河上のいつ藻の花の何時も何時も
  来ませ我が背子時じけめやも


真野の浦の淀に渡したの継橋のやうに
つぎつぎと妻のことを心から恋しく思っているせいか
夢の中に妻が現れる


川辺になびくいつ藻の花のやうに
いつもいつも おいで下さい
私の都合とか時と場合とか そんなことお気になさらないで
いつでも いつでも来て下さいね

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筒井筒(3)

伊勢物語 (二十三段)その三
高安の女は始めの頃は奥ゆかしくつくろっていたが
慣れるにつれて無作法なふるまひが目につき嫌気がさし
足も向かなかった 女はやるせない思ひを訴へ
男を待ったが男は結局通って来なくなった


 まれまれかの高安に来て見れば はじめこそ心にくくも
 つくりけれ 今はうちとけて手づからいひがひとりて
 笥子のうつは物に盛りけるを見て 心うがりて
 いかずなりにけり
 さりければ かの女 大和の方を見やりて

君があたり見つつを居らむ生駒山
  雲なかくしそ雨は降るとも


 といひて見いだすに からうじて大和人来むといへり
 よろこびて待つに たびたび過ぎぬれば

君来むといひし夜ごとに過ぎぬれば
  頼まぬものの恋ひつつぞふる


 といひけれど をとこ住まずなりにけり

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筒井筒(2)

伊勢物語 (二十三段)その二
幸せな結婚生活も女の親が亡くなることによって
つまづきが生じて生活のよるべを失ったので
男は行商に出ることになり新たに河内国に女が出来た
しかし元の妻の美しい心情によって男の心は引戻される
(続)


 さて年ごろ経るほどに女 親なくたよりなくなるままに
 もろともにいふかひなくてあらむやはとて
 かふちの国 高安の郡にいきかよふ所 出できにけり
 さりけれどこのもとの女 悪しと思へるけしきもなくて
 出しやりければ をとこ異心ありてかかるにやあらむと
 思ひうたがひて前栽の中にかくれゐてかふちへいぬる顔
 にて見れば この女いとよう化粧じてうちながめて

風吹けば沖つ白浪たつた山
  夜半にや君がひとり越ゆらむ


 とよみけるを聞きて限りなくかなしと思ひて
 河内へもいかずなりにけり

もろともに = 女と一緒に
いふかひなくてあらむやは = 男が頼りにしていた女の
  家の経済力を失って 貧しい状態になる
あらむやはとて = 貧しい状態でおられやうか と言って
いきかよふ所 = 男が通ふ女のところ
かふちへいぬる顔 = 河内へ行ったやうなふりをして

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筒井筒

伊勢物語 (二十三段)その一
井戸の元で背比べをして遊んでいた幼馴染の少年少女が
いつしか物心づいて はにかみあい逢はずにいたが
心の中では互いに妻よ夫よと決めて親のすすめる縁談にも
聞かずにいて たうたうかねてからの思ひ通りに
結婚したのでした(続)


 むかし田舎わたらひしける人の子ども井のもとに出でて
 あそびけるを大人になりにければ をとこも女も
 恥ぢかはしてありけれど をとこはこの女をこそ
 得めと思ふ 女はこのをとこをと思ひつつ
 親のあはすれども聞かでなむありける
 さて この隣のをとこのもとよりかくなむ

筒井つの井筒にかけしまろがたけ
  過ぎにけらしな妹見ざるまに


女 返し
くらべこし振分髪も肩すぎぬ
  君ならずして誰かあぐべき


 などいひいひて つひに本意のごとくあひにけり

業平と紀有常の娘の愛の物語
世阿弥の謡曲 代表作「井筒」もこの物語です

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思ふかひなき世(2)

伊勢物語 (二十一段)
女も一度は去ったものの寂しさに堪えられず
男に歌を詠んで寄こす  これがきっかけで
前以上に愛情を交わしたが それぞれ他に愛人が出来
自然に二人の仲は疎遠になってしまひ
二人が元の鞘に納まることはなかった


今はとて忘るる草のたねをだに
  人の心にまかせずもがな


返し
忘れ草植ふとだに聞く物ならば
  思ひけりとは知りもしなまし


またまた ありしより異にいひかはして おとこ
わするらんと思ふ心のうたがひに
  ありしよりけに ものぞかなしき


返し
中空に立ちゐる雲のあともなく
  身のはかなくもなりにけるかな


 とはいひけれど おのが世々になりにければ
 うとくなりにけり

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思ふかひなき世

伊勢物語 (二十一段)
互いに深く愛し合っていた夫婦があったが
女はちょっとしたことが原因で男の下を去って行く
男は女との間に生じた感情のずれに気付かず
ただ嘆き沈むだけであった (続)


出て去なば心軽しといひやせん
  世のありさまを人は知らねば


私がこのやうにして出て行ったならば
世の中の人々は浅はかな女だと言ふことでせう
私達夫婦の事情を他人様は知らないから


思ふかひなき世なりけり年月を
  あだにちぎりて我や住まひし


 といひてながめ居り

人はいさ思ひやすらん玉かづら
  面影にのみいとど見えつつ


玉かづら = 玉は美称・「玉葛」は「かけ」「影」の枕詞

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相聞歌

万葉集 巻第四
4-0484
一日社 人母待吉 長氣乎 如此耳待者 有不得勝

一日こそ人も待ちよき長き日を
  かく待たゆるは有りかつましじ


一日程度なら誰だって待つのは楽でせう
でも長い日をこんなに待つのは堪えられないことです


一日 = 「ひとひ」と読む  長き日 = 長き「け」と読む

作者は八田皇女? 磐姫皇后?
何しろ1800年も前の人ですから
いえ1600年前かな? ? ? (曖昧模糊)

関連歌を 2005/08/11 君が行き に掲載してあります
2-0085 が磐姫皇后の作とされている歌ですが
だうもさうではないやうです

手兒名(4)

万葉集 巻第十四 東歌 相聞

14-3384
葛飾の真間の手兒名をまことかも
  我に寄すとふ真間の手兒名を

14-3385
葛飾の真間の手兒名がありしかば
  真間の磯辺に波もとどろに


  (・・略) 下総国の歌

「我に寄すとふ」の歌は 2005/08/09 さりともと と
2005/08/20 2番 持統天皇 にも別の関連歌として
載せています

日本で美人の多い県は? 秋田県らしい
小野小町 出生の地とされているからでせうか
ひょっとしたら千葉県はダークホースかも

手兒名(3)

万葉集 巻第九 挽歌
勝鹿の真間娘子を詠める歌一首併せて短歌

9-1807
鶏が鳴く東の国に古に ありける事と今までに
  絶えず言ひ来る勝鹿の 真間の手兒名が麻衣に
  青衿着け直さ麻を 裳には織り着て髪だにも
  掻きは梳らず履をだに 穿かず行けども錦綾の
  中に包める斎ひ児も 妹に如かめや望月の
  満れる面わに花の如 笑みて立てれば夏虫の
  火に入るが如水門入りに 船榜ぐ如く行きかぐれ
  人の言ふ時いくばくも 生けらじものを何すとか
  身をたな知りて波の音の 騒く湊の奥津城に
  妹が臥せる遠き代に ありける事を昨日しも
  見けむが如も思ほゆるかも


反歌 9-1808

勝鹿の真間の井を見れば立ち平し
  水汲ましけむ手兒名し思ほゆ


  (・・略) 高橋連蟲麻呂の歌集の中に出づ

9-1808 葛飾の真間の井戸を見ると通って来ては
水を汲んでいたであらう手兒名が思はれる

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手兒名(2)

万葉集 巻第三
3-0432
我も見つ人にも告げむ葛飾の
  真間の手兒名が奥津城ところ


3-0433
葛飾の真間の入江に打ち靡く
  玉藻苅りけむ手兒名し思ほゆ


この二首は昨日掲載しました長歌への反歌です
反歌は 長歌の後にその意味を纏めたり補足するための
短歌で反し歌・反(かへ)し とも言はれています

「桜貝の歌」
   ああ なれど我が思いは儚くうつし世の渚に果てぬ
「椰子の実」
   思いやる八重の汐々いずれの日にか国に帰らん

これらも 私は「かへし」だと思っています

真間の手兒名

3-0431 万葉集 巻第三
勝鹿の真間娘子が墓を過にし時
山部宿禰赤人の作れる歌一首併せて短歌

古に ありけむ人の 倭文幡の 帯解きかへて廬屋立て
  妻問しけむ 葛飾の 真間の手兒名が奥津城を
  こことは聞けど 真木の葉や 茂りたるらむ松が根や
  遠く久しき 言のみも 名のみも我は 忘らえなくに


ありけむ人 = 男
倭文幡 = しずはた・倭文機(しずはた)織の
廬屋立て = 小さな妻屋を建て  奥津城 = 墓
遠く久しき言のみも = たとへ言ひ伝えへであっても
名のみも = たとへ名前を知っているだけであっても


日本の歴史上で最高の美女は真間の手兒名である
不老郎女の言葉である ・・・ 何と勝手な妄想・・
伝説上の美女ですが それだけに殊更美しく思へるのです

中国なら 実在した傾国の美女 西施
ギリシャ神話でならアフロディーテ

万葉集の中に真間の手兒名に関する歌を
長歌を含めて七首見つけましたのでご紹介します

紀有常

伊勢物語 (十六段)
三代の帝に仕へて一時は栄へていた紀有常といふ男が
今は時にあはず落ちぶれてしまったが世事に疎く
高雅なことばかり好んできたので生活に窮し
長年連れ添ってきた妻が尼となって別れることになった
別れに際して何一つ上げられなかったので以前からの
親友に実情を訴へるとその友は思ひやり深く夜着までつけ
心のこもった歌を添へてくれたので男は歓喜を包みきれず
二首の返歌を続けて詠んだ


手を折りてあひ見し事をかぞふれば
  とをと言ひつつ四つは経にけり


今 妻との別れに際して夫婦として寄り添ってきた年月を
指を折って数えてみると四十年は経ってしまったのだなぁ


とをと言ひつつ四つ = 十と言って四つ 即ち四十

業平の妻は紀有常の娘

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武蔵鐙

伊勢物語 (十三段)
男は武蔵の国で土地の女と結ばれた
一方 都に残してきた女へ それとなく知らせたままに
しておくと 女から断ち難い愛着の情を詠んだ歌が
届きました  男は都の女がいとおしくなって
心のまどひを詠み送ります


武蔵鐙さすがにかけて頼むには
  問はぬもつらし問ふもうるさし


武蔵の国で他の女と逢ふ身のあなたを恨みに思ふものの
あなたを心に思って頼りとしている身にとっては
あなたが何も言って下さらないのも辛いことですし
かといって武蔵の女のことなど言ってこられるのも
煩わしい気がいたします


鐙 = 「あぶみ」はかけるもの・「かけて」の枕詞
   ここでは「逢ふ身」にも掛けている
さすが = 鐙をさげるのに鞍革の穴にさしとめる舌金
かけて = 京の女が男を心にかけて思ふ・・の意も含まれる

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武蔵野

伊勢物語 (十二段)
男が女をひそかに連れ出して武蔵野へ逃げた
その時に追手にまわった国の守の家来たちが
草原に火をつけて二人を追い出そうとした
女は途方にくれ このやうな中にあっても
男の身を思ふ情を歌に詠みました
結局二人は国の守の役所に連行されるはめとなりました

武蔵野はけふはな焼きそ若草の
  つまもこもれり我もこもれり


武蔵野は今日はだうか焼かないで下さい
この野には私の愛しい夫も隠れているし
私もこのやうに隠れているのですから


女を盗む話
女を盗むとは強奪めいた話ですが六段「芥川」にも
既に出てきた話です  盗むとはいっても女と合意の上で
寧ろ連れ出すとか俗な言ひ方では駆け落ちといった方が
よいかも知れませんね

たのむの雁

伊勢物語 (十段)
男は武蔵の国三芳野の里である女に求婚しました
女の父親は氏も素性もない身分なので
実直な地元の男にと思ひ 母親の方は藤原貴族の出なので
高貴な都の男を婿にと思ひ決め 積極的に娘に代って
歌を詠んでは贈るのでした


みよし野の田の面の雁もひたぶるに
  君が方にぞよると鳴くなる


この三芳野の田の面におりて鳴く雁も
ただひたすらに あなたの方に寄りたいと言って
鳴いてゐるやうです


たのむの雁 = 田の面に降り立っている雁 頼むの掛詞
よると鳴くなる = あなたの所へ寄りたいと夜になると
  泣いています・寄ると夜の掛詞


この歌は 2005/08/13 たのむの雁 にも掲載してあります

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正月

万葉集 巻第二十
三年の春正月の一日に因幡の国の庁にして
饗を国郡の司等に賜へる宴の歌一首

20-4516 新年乃始乃波都波流能
  家布敷流由伎能伊夜之家餘其騰

新しき年の初めの初春の
  今日降る雪のいや重け吉事


新しい年のはじめの新春の今日を降りしきる雪のやうに
一層重なれ吉き事よ


この歌の後に
  右の歌一首は守大伴宿禰家持作れり
とあります

この冬は日本のあちこちで大雪が降りました
この歌のやうにこの雪が今年の日本の瑞兆であることを
祈ります

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当ブログの参考資料

京都・観光文化検定試験
公式テキストブック
京都商工会議所
改訂版 京都・観光文化検定試験 公式テキストブック


歌の復籍 上巻・下巻
著者 梅原猛
集英社
歌の復籍


水底の歌 上巻・下巻
著者 梅原猛
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水底の歌
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万葉集(一) 全訳注原文付
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講談社文庫 著者: 中西進
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講談社文庫 著者: 中西進
万葉集(三)


万葉集(四) 全訳注原文付
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万葉集(四)


万葉集(別巻)全訳注原文付
万葉集事典 講談社文庫
著者: 中西進
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文法全解 伊勢物語
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伊勢物語


古今和歌集要解
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古今和歌集要解


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著者 稲村徳
有精堂
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もっとも分り易き 萬葉集の解釋
著者 柴田隆
日本出版社
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もっとも分り易き 萬葉集の解釋


萬葉集選抄
著者 次田潤
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萬葉集選抄


大和物語・宇津保物語 他
著者 藤井貞和 大岡信
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大和物語


源氏物語(一)
石田穣二 清水好子 校注
新潮日本古典集成
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古今和歌集要解

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くわしい解説 小倉百人一首
著者 小町谷照彦
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田辺聖子の小倉百人一首
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絢爛たる暗号
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プロフィール

ちゃむ

  • Author:ちゃむ
  • 1940.01 生まれ 男性
    この写真は但馬皇女の歌
    人言を繁み言痛み己が世に
      未だ渡らぬ朝川渡る

    をイメージしたものです

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