渚の院の桜3
2006/03/29 (Wed) 08:59
夜ふくるまで酒飲み物語して あるじの親王酔ひて
入り給ひなむとす 十一日の月も隠れなむとすれば
かの馬の頭のよめる
あかなくにまだきも月のかくるるか
山の端にげて入れずもあらなむ
親王にかはり奉りて紀の有常
おしなべて峰もたひらになりななむ
山の端なくは月も入らじを
飽きもしないのに もう月が隠れてしまふのか
山の端が姿を消して月を入れないで欲しい
皆一様に峰も平らになって欲しい 山の端がないならば
月も入らないであらうに
入り給ひなむとす = 寝所にお入りにならうとされた
十一日の月も = 親王ばかりでなく月も・・・の意
隠れなむとすれば = 山の端に隠れやうとするので
あかなくに = 飽き足らないのに
入れずもあらなむ = 月を入れないで欲しい
親王を寝させないで欲しい
渚の院の桜2
2006/03/28 (Tue) 09:35
御供なる人 酒をもたせて野より出で来たり この酒を
飲みてむとて よき所を求めゆくに天の河といふ所に
いたりぬ 親王に馬の頭 大御酒まいる
親王ののたまひける「交野を狩りて天の河のほとりに
至るを題にて歌よみて杯はさせ」とのたまうければ
かの馬の頭よみて奉りける
狩り暮らし たなばたつめに宿からむ
天の河原に我は来にけり
親王 歌をかへすがへす誦じたまうて返しえし給はず
紀の有常 御ともに仕うまつれり それが返し
一年にひとたび来ます君まてば
宿かす人もあらじとぞ思ふ
帰りて宮に入らせ給ひぬ (続)
一日中狩をして夜になったら棚機つ女に宿を借りやう
折角天の河原へやって来たのだから
一年に一度やって来られる彦星を待っているので
宿を貸してくれる人もいないと思ひますよ
渚の院の桜
2006/03/27 (Mon) 09:15
惟喬親王はその離宮 水無瀬宮を毎年花見に連れて行く
右馬頭とともに訪れた 鷹狩はそっちのけで交野の渚の
院の見事な桜を髪飾りとして身分の上下なく皆で桜の
素晴らしさを歌に詠みこみあった その桜の木の下を
立ち去って離宮に戻る頃には日は暮れてしまった
むかし惟喬の親王と申す親王おはしましけり 山崎の
あなたに水無瀬といふ所に宮ありけり 年ごとの桜の
花ざかりには その宮へなむおはしましける その時
右の馬の頭なりける人を常に率ておはしましけり
時世へて久しくなりにければ その人の名忘れにけり
狩はねむごろにもせで酒をのみ飲みつつ やまと歌に
かかれりけり いま狩する交野の渚の家 その院の桜
ことにおもしろし その木のもとにおりゐて枝を
折りてかざしにさして上中下みな歌よみけり
馬の頭なりける人のよめる
世中に絶えて桜のなかりせば
春の心はのどけからまし
となむよみたりける また人の歌
散ればこそいとど桜はめでたけれ
うき世になにか久しかるべき
とて その木のもとは立ちてかへるに
日ぐれになりぬ (続)
河原院
2006/03/26 (Sun) 12:25
ある左大臣が賀茂河近くの六条近辺に趣向をこらした邸宅
を造った 菊と紅葉の美しい頃 親王たちを招待し酒宴を
設け音楽を催した そこで歌を詠んだ時 賤しい老人が
塩釜に似せた庭池をめでて歌を詠んだ かつてこの老人は
陸奥に行って塩釜の実景に心ひかれたことがあったので
ことさら塩釜を模したこの庭に感動を新たにしたのでした
むかし左の大臣いまそがりけり 賀茂河のほとりに
六条わたりに家をいとおもしろく造りて住み給ひけり
神無月のつごもりがた菊の花うつろひさかりなるに
紅葉の千種に見ゆるおり親王たちおはしまさせて
夜ひと夜酒飲みし遊びて夜あけもてゆくほどに
この殿のおもしろきをほむる歌よむ
そこにありけるかたゐ翁 板敷の下にはひありきて
人にみなよませはててよめる
塩竈にいつか来にけむ朝なぎに
釣する舟はここに寄らなむ
となむよみけるは陸奥の国にいきたりけるに
あやしくおもしろき所々多かりけり わがみかど六十
余国の中に塩竈といふ所に似たるところ無かりけり
さればなむ かの翁さらにここをめでて
「塩竈にいつか来にけむ」とよめりける
あの陸奥の塩竈に一体いつ来てしまったんだらう
静かな朝なぎの中に釣する舟はここに寄って来て欲しい
山科の禅師の親王2
2006/03/25 (Sat) 12:46
いくばくもなくて持て来ぬ この石ききしよりは見るは
まされり これをただに奉らば すずろなるべしとて
人人に歌よませ給ふ 右の馬の頭なりける人のをなむ
あをき苔をきざみて蒔絵のかたに この歌をつけて
奉りける
あかねども岩にぞかふる色見えぬ
心を見せむよしのなければ
となむよめりける
不満足ですが この石で私の心に代えます
親王をお慕ひする心を表面にあらはさうにも
あらはす方法がないので
ただに奉らば = 何もしないで(歌などをつけることも
しないで)このまま差し上げたら
すずろなるべし = つまらないであらう
「すずろなる」は興ざめ・風情がないの意
あをき苔をきざみて = 石の青苔を削り取って
(歌の文字を石に示す)
蒔絵のかたに = 蒔絵模様に
あかねども = 「あく」は満足する
岩にぞかふる = 岩を自分の心の代りとして捧げる
色見えぬ = 色に表れない・表面に出ない自分の心中のこと
見せむよし = お見せする方法
山科の禅師の親王
2006/03/24 (Fri) 10:59
右大将藤原常行が安祥寺で妹 多賀幾子女御の四十九日の
法要をすませての帰途 山科の禅師の親王のもとに
立ち寄って その記念に見事な千里の浜の石に 右馬頭の
歌をきざみ込んで献上した
むかし多賀幾子と申す女御おはしましけり うせ給ひて
七七日のみわざ安祥寺にてしけり 右大将藤原の常行と
いふ人いまそがりけり そのみわざにまうで給ひて
かへさに山科の禅師の親王おはします
その山科の宮に滝おとし水走らせなどして おもしろく
造られたるにまうで給うて
「年ごろよそには つかうまつれど近くはいまだ つかう
まつらず 今宵はここにさぶらはむ」と申し給ふ
親王よろこび給うて夜の御座のまうけせさせ給ふ
さるにかの大将出でてたばかり給ふやう
「宮仕へのはじめに ただなほやはあるべき 三条の
大御幸せし時 紀の国の千里の浜にありける
いとおもしろき石奉れりき 大御幸の後 奉れりしかば
ある人の御曹司の前の溝にすゑたりしを
島好み給ふ君なり この石を奉らむ」とのたまひて
御随身舎人して取りにつかはす (続)
安祥寺のみわざ
2006/03/23 (Thu) 12:19
文徳天皇の女御 多賀幾子の法事が安祥寺で行はれた折
女御の兄 右大将常行が歌人を集めて歌を詠ませられた
その時 右馬頭の翁が詠んだ歌が人々を感心させた
むかし田邑の帝と申すみかど おはしましけり
その時の女御 多賀幾子と申す みまそがりけり
それ失せたまひて安祥寺にてみわざしけり 人人
捧げもの奉りけり 奉りあつめたる物 千捧ばかりあり
そこばくの捧げものを木の枝につけて堂の前にたて
たれば 山もさらに堂の前にうごき出でたるやうになむ
見えける それを右大将にいまそがりける藤原の
常行と申すいまそがりて 講の終はるほどに歌よむ人人
を召しあつめて今日のみわざを題にて春の心ばえある歌
奉らせたまふ
右の馬の頭なりける翁 目は たがひながらよみける
山のみな うつりて今日にあふ事は
春の別れをとふとなるべし
とよみけるを いま見れば よくもあらざりけり
そのかみは これや まさりけむ あはれがりけり
山といふ山が皆この堂の前に移って来て今日の法事に
出会ふことは 美しい方の春の死別を弔ふためでせう
結びつる心
2006/03/22 (Wed) 13:41
(略) 白き大袿に御衣一領 例のことなり
御さかづきのついでに
いときなきはつもとゆひに長き世を
契る心は結びこめつや
御心ばへありておどろかさせ給ふ
結びつる心も深きもとゆひに
濃きむらさきの色しあせずは
と奏して長橋よりおりて舞踏し給ふ (略)
幼い源氏がはじめて結ぶ元結に あなたの姫との
末長い仲を念じたのであらうね (桐壺帝)
深い心を込めて元結を結びました
濃い紫の色が色褪せないやうに源氏の君の心が
そして二人の心がいつまでも変らないやうにと (左大臣)
左大臣の娘 = 葵の上
匣の内の珠
2006/03/20 (Mon) 10:28
4-0635 草枕客者嬬者雖率有 匣内之珠社所念
草枕旅には妻は率たれども
匣の内の珠とこそ思へ
旅に妻を連れてはいるけれど 私は大切な箱の中に
しまった珠のことを思っているのです
4-0636 余衣形見尓奉布細之 枕不離巻而左宿座
我が衣 形見に奉る敷栲の
枕を離けず巻きてさ寝ませ
偲び衣を私の身代りに差し上げませう
枕を遠ざけたりせずに この衣を私だと思って
身にまとってお休み下さいね
率たれども = いたれども・連れてはいるが
匣 = くしげ・櫛箱 「旅に率」と「匣の内」とは反対
形見 = 離れている人を偲ぶよすがとなる品
さ寝ませ = 「さ」は接頭語
「匣の内の珠」は相手を 櫛箱(大切なものを納める)に
秘めた珠に譬へている
旅にも妻と
2006/03/19 (Sun) 11:46
4-0633 幾許思異目鴨敷細之 枕片去夢所見來之
ここだくも思ひけめかも敷栲の
枕片去る夢に見え来し
ひどく恋ひ焦がれていたからでせうか
あなたの為に枕を片寄せたその夜の夢に
あなたが見えましたわ
4-0634 家二四手雖見不飽乎草枕 客毛妻与有之乏左
家にして見れど飽かぬを草枕
旅にも妻とあるが羨しさ
我が家でお逢ひしても私はいつも飽き足りずに
お別れしますのに お宅では勿論 草を枕の旅にまで
奥様とご一緒とは 羨ましいことでござひますわ
ここだくも = 甚しく・ひどく・しきりに
敷栲の = 衣・袂・袖・床・枕・家の枕詞
枕片去る = 相手の為に枕を片側に寄せておく
「夢に見え来し」相手の男も自分を想っていると
述べていることになる 多少とも自信の現れ
「妻とあるが羨しさ」いいわねぇ と皮肉っている
二首ともに軽い冗談めいた皮肉が感じられますね
うはへなき
2006/03/18 (Sat) 09:53
湯原王の娘子に贈れる歌二首 志貴皇子の子なり
4-0631 宇波弊無物可聞人者然許 遠家路乎令還念者
うはへなき ものかも人は しかばかり
遠き家路を還す思へば
無愛想なんですねぇあなたといふ人は 泊めてもくれず
遠い家路をこんなふうに帰らせるのかと思ふと
4-0632 目二破見而手二破不所取月内之 楓如妹乎奈何責
目には見て手には取らえぬ月の内の
楓のごとき妹をいかにせむ
目には見へても手には取れない月の楓(かつら)のやうに
手をとり引き寄せることの出来ないあなた
あぁ私はだうすればいいのでせうか
うはへなき = 表辺なき・表面がない・無愛想な
月の内の楓 = 中国の伝説・月中に桂があるといふ
湯原王と娘子の恋歌のやりとりが連続して十二首あります
娘子とは誰なんでせうか
袖漬づまでに
2006/03/16 (Thu) 10:13
4-0614 不相念人乎也本名白細之 袖漬左右二哭耳四泣裳
相思はぬ人をやもとな白栲の
袖ひづまでに ねのみし泣くも
互いに愛し合ふことも出来ない相手なのに
空しく慕っては袖が濡れるまで泣きつくすのかなぁ
4-0615 吾背子者不相念跡裳敷細乃 君之枕者夢所見乞
我が背子は相思はずとも敷栲の
君が枕は夢に見えこそ
あなたご自身は私を愛しんで下さらず 逢っても下さらず
とも せめて共寝の枕だけでも夢に見えて欲しいものです
もとな = 本無し・理由なく・むやみに
ひづ = 水に漬かる ねのみし = 「泣く」の強調
敷栲の = 「枕」の枕詞
山口女王とはどんな女性だったのでせうね
新古今集には こんな歌も
塩釜の前に浮きたる浮島の
浮きて思ひのある世なりけり
なまじひに
2006/03/15 (Wed) 08:58
8-1617 秋芽子尓置有露乃風吹而 落涙者留不勝都毛
秋萩に置きたる露の風吹きて
落つる涙は留めかねつも
秋萩に置いた露が 風が吹いて落ちるやうに
私の涙も目に溢れてはこぼれ落ち留めることが出来ません
巻第四 山口女王の大伴宿禰家持に贈れる歌五首
4-0613 物念跡人尓不所見常奈麻強尓 常念弊利在曽金津流
物思ふと人に見えじとなまじひに
常に思へり ありそかねつる
物思ひをしていると人に気取られまいと
なまじっか心を抑えて平気を装っているせいか
常に物思ひをしてしまひ恋しくて死にさうです
日本語を外国語に翻訳する時に難しい言葉が「なまじ」
だと レトリックに関する本で読んだことがあります
♪♪♪ なまじ泣かれりゃ未練が絡む ♪♪♪
浅茅生の宿
2006/03/14 (Tue) 09:09
(略) いとおし立ちかどかどしきところ ものしたまふ
御方にて ことにもあらず おぼし消ちて
もてなしたまふなるべし 月も入りぬ
雲のうへも涙にくるる秋の月
いかですむらむ浅茅生の宿
おぼしめしやりつつ燈火をかかげ尽くして
起きおはします (略)
宮中でさへ涙に曇って暗く見える月が
だうして草深い宿で澄んで見えやうか (桐壺帝)
いかですむらむ = 「住む」と「澄む」とを掛けている
長恨歌に玄宗皇帝が亡き楊貴妃を偲ぶあまり
「秋の燈火かかげ尽くして未だ眠ること能はず」
・・秋の燈火の秋の燈芯を最後まで引き出して
使い果たしたが まだ眠れないでいる・・とあることによる
小塩の山
2006/03/13 (Mon) 09:39
二条の后が祖神大原野神社に参詣した折 近衛府に出仕
していた老人が供奉の禄を頂いたので祖神のご心境に
ことよせて后との往時をしのぶ歌を奉った
昔 二条の后の まだ春宮の御息所と申しける時
氏神にまうで給ひけるに近衛府にさぶらひける翁
人人の禄たまはるついでに御車よりたまはりて
よみて奉りける
大原や小塩の山も今日こそは
神世のことも思ひ出づらめ
とて心にもかなしとや思ひけむ
いかが思ひけむ知らずかし
大原の小塩の山にまします祖神も今日の栄えある春宮
御息所の行啓をご覧になって 神世の昔 天孫降臨の
供をされた日をしみじみ感無量に思ひ出されたことでせう
お懐かしうございます あなたも昔の私とのことを
想ひ出しておられることでございませう
私とて昔のあなたとのこと とても懐かしく
想ひ出しているところでございます
うるはしき友
2006/03/12 (Sun) 11:32
男の親しい友達が地方へ下って そこから 遠く離れていると
忘れられてしまふのではないかと思ふと寂しい
といふ便りがあった 男はいつも友のことを心に思って
いるので友の面影が常に目先にちらつき遠く離れているとは
思へない と熱い友情の歌を送った
むかし男いとうるはしき友ありけり 片時さらずあひ思
ひけるを人の国へ行きけるを いとあはれと思ひて
別れにけり 月日経てをこせたる文に
「あさましく対面せで月日の経にけること
忘れやし給ひにけむと いたく思ひわびてなむ侍る
世中の人の心は目かるれば忘れぬべき物にこそ
あめれ」
とていへりければ よみてやる
目かるとも思ほえなくに忘らるる
時しなければ面影にたつ
離れてしまふと忘れてしまふのではないかと おっしゃるが
私には遠く離れた実感はありませんよ
それどころか あなたを忘れられる時が全くありませんので
あなたが幻影となって目先に現れます
行く蛍
2006/03/11 (Sat) 08:16
親に大事に育てられてきた内気な女が ある男を恋しく思ひ
心の中を打ち明けやうとしたが それも出来ないでいる内に
思ひがつのって病になり死ぬ折にそれを告白すると親は
それを聞きつけて男を呼ぶが女は死んでしまった
男はその家に留まり女を物憂く偲ぶ歌を詠む
むかし男ありけり 人のむすめのかしづく いかでこの
男にものいはむと思けり うち出でむことかたくや
ありけむ もの病みになりて死ぬべき時に
「かくこそ思ひしか」といひけるを親聞きつけて
泣く泣く告げたりければ まどひ来たりけれど
死にければ つれづれと こもり居りけり
時は水無月のつごもり いと暑きころほひに宵は
遊びをりて夜ふけて やや涼しき風吹きけり
蛍高く飛びあがる この男見臥せりて
ゆく蛍 雲のうへまで去ぬべくは
秋風ふくと雁につげこせ
暮れがたき夏の日ぐらしながむれば
そのこととなく ものぞ悲しき
空飛ぶ蛍よ 雲の上まで飛んでゆくなら下界は はや秋風が
吹き雁のやってくる季節が来ましたと雁に告げておくれ
なかなか暮れない夏の一日中しみじみと物思ひに耽って
いると 何といふこともなしに物悲しくなる
都鳥
2006/03/10 (Fri) 12:21
男の一行は武蔵と下総との国境の隅田河まで来てしまった
大河を越せば更に増す都との遠隔感に思ひ沈んでいると
無情な渡し守にせきたてられて舟に乗る
夕暮の川面に浮かぶ鳥の名を都鳥と聞いて男はさっそく
都の恋人への思慕の情を詠むと舟中一同感極まりて泣く
猶行き行きて武蔵の国と下総の国との中に
いと大きなる河あり それをすみだ河といふ
その河のほとりにむれゐて思ひやれば限りなく
とほくも来にけるかなとわびあへるに渡守
「はや舟に乗れ日も暮れぬ」といふに乗りて
渡らんとするに 皆人物わびしくて京に思ふ人
なきにしもあらず さるをりしも白き鳥の嘴と脚と
赤き 鴫の大きさなる 水のうへに遊びつつ魚をくふ
京には見えぬ鳥なれば皆人見知らず
渡守に問ひければ「これなむ宮こどり」といふをききて
名にし負はばいざ事問はむ宮こ鳥
わが思ふ人はありやなしやと
とよめりければ舟こぞりて泣きにけり
お前が都といふ名前を持っているなら物を尋ねやう
都にいる私のいとしい人は元気でいるかだうかと
時知らぬ
2006/03/09 (Thu) 09:26
東路も駿河の国に至り宇津の山越へにかかった
もの寂しい山道で顔見知りの修行者に会ひ都の恋人の
もとに歌を託した 五月の末なのに富士山の頂に
雪があるのを見て興味深く思ひ歌を詠んだ
行き行きて駿河の国にいたりぬ 宇津の山にいたりて
わが入らむとする道は いと暗う細きに つたかえでは
茂り物心ぼそく すずろなる めを見ることと思ふに
修行者あひたり 「かかる道は いかでか いまする」
といふを見れば見し人なりけり 京にその人の御もと
にとて文書きてつく
駿河なる宇津の山べのうつつにも
夢にも人にあはぬなりけり
富士の山を見れば五月のつごもりに雪いと白う降れり
時知らぬ山は富士の嶺いつとてか
鹿の子まだらに雪の降るらむ
その山は ここにたとへば比叡の山を
二十ばかり重ねあげたらむほどして
なりは塩尻のやうになむありける
尋ねゆく
2006/03/08 (Wed) 09:22
(略) いともかしこきは 置き所もはべらず
かかる仰せ言につけても かきくらす乱りごこちになむ
荒き風ふせぎしかげの枯れしより
小萩がうへぞ静心なき
などやうに乱りがはしきを心をさめざりけるほどと
御覧じ許すべし (略)
(略) 亡き人の住処尋ねいでたりけむ
しるしの釵ならましかば と思ほすもいとかひなし
尋ねゆく幻もがなつてにても
魂のありかをそこと知るべく
絵にかける楊貴妃のかたちは いみじき絵師といへども
筆限りありければ いとにほひ少なし (略)
荒々しい風から小萩守ってくれていた木が枯れてしまひ
木陰の小萩のことが気がかりです
更衣なきあとの幼子が心配です (更衣の母君)
更衣の魂を捜しに行ってくれる導師はいないものか
人づてにでも魂がどにあるのか知っていたいから (桐壺帝)
常止まず
2006/03/07 (Tue) 09:59
4-0541
現世尓波人事繁來生尓毛 将相吾背子今不有十方
この世には人言繁し来むよにも
逢はむ我が背子今ならずとも
現世では人の噂がうるさいものです
来世にでもお逢ひしませうよね あなた
今でなくても
4-0542
常不止通之君我使不來 今者不相跡絶多比奴良思
常やまず通ひし君が使ひ来ず
今は逢はじとたゆたひぬらし
いつも絶へることなく通って来ていたあなたの
お使いが来ません
もう逢ふまいと思って ためらっておられるやうですね
万葉集に高田女王の歌は もう一首あります
8-1444
山吹の咲きたる野辺のつぼすみれ
この春の雨に盛りなりけり
後朝の別れ
2006/03/06 (Mon) 12:11
4-0539
吾背子師遂常云者人事者 繁有登毛出而相麻志乎
我が背子し遂げむと言はば人言は
繁くありとも出でて逢はましを
あなたさへ添ひ遂げやうとおっしゃって下さるなら
どんなに人が噂しゃうと私は進んでお逢ひしませうものを
4-0538 に続いて 逢はない言ひ訳をしながら
「あなた次第よ」と 相手に責任を転嫁しています
4-0540
吾背子尓復者不相香常思墓 今朝別之為便無有都流
我が背子にまたは逢はじかと思へばか
今朝の別れのすべなかりつる
あなたに もうお逢ひ出来ないだらうと思ふからか
今朝のお別れは途方にくれる思ひです
後朝(きぬぎぬ)の別れ 女は待つのみ
たとへ男が浮気しても女は恨み言をいふか泣くだけ
殿方にとっては何とまぁ結構な世の中でござゐました
明日香風
2006/03/04 (Sat) 11:42
采女乃袖吹反明日香風 京都乎遠見無用尓布久
(注:原書の「采」は女偏に「采」)
明日香の宮より藤原の宮に遷居りし後に
志貴皇子の作りませる御歌
采女の袖吹きかへす明日香風
都を遠みいたづらに吹く
采女の袖をあでやかに吹きかへす明日香風も都が遠のいて
采女もいなくなり今はむなしく吹いているだけ
三十年ばかり前 甘樫丘に登りました
この丘を登る途中に この歌の歌碑があります
私はこの歌の一句「采女の」が字足らずであることに
当時はとても違和感を感じていましたので複数の本で
調べたのですが すべて「うねめの」と詠まれていました
奈良公園でバスガイドさんに
「バスガイドさんはこの歌をだう詠んでいるのか」
尋ねましたところ「手弱女の」(たおやめの)(たわやめの)
と詠んでいると聞かされて何だか胸のつかへが取れた
思ひをした経験があります
♪♪♪ そこには ただ風が吹いているだけ〜 ♪♪♪
秋山われは
2006/03/03 (Fri) 08:17
冬木成春去來者不喧有之鳥毛來鳴奴
不開有之花毛佐家礼抒山乎茂入而毛不取
草深執手母不見秋山乃木葉乎見而者
黄葉乎婆取而曽思努布青乎者置而曽歎久
曽許之恨之秋山吾者
天皇の内大臣 藤原朝臣に詔して春山の万花の艶と
秋山の千葉の彩とを競はしめたまひし時に
額田王の歌を以ちて判れる歌
冬ごもり春さり来れば鳴かざりし鳥も来鳴きぬ
咲かざりし花も咲けれど山を茂み入りても取らず
草深み取りても見ず秋山の木の葉を見ては
黄葉をば取りてぞ偲ふ青きをば置きてぞ嘆く
そこし恨めし秋山われは
この歌には説明が要らないですよね
はじめ「春山」かな? と思っていたら
「そこし恨めし秋山われは」
何度も憶え何度も忘れまた憶えた懐かしい歌です
鈴虫
2006/03/02 (Thu) 12:27
(略) 月は入りかたの空清う澄みわたれるに
風いと涼しくなりて草むらの虫の声々もよほし顔
なるも いと立ち離れにくき草のもとなり
鈴虫の声の限りを尽くしても
長き夜明かずふる涙かな
えも乗りやらず
いとどしく虫の音しげき浅茅生に
露おき添ふる雲の上人
かことも聞こえつべくなむ と言はせたまふ
鈴虫が声の限り鳴き尽す それに促されて私も秋の長夜を
泣き通しても涙は尽きないのです
悲しみに沈んでいる宿に
一層涙をお添えになる大宮人(命婦)ですこと
鈴と振る は縁語 振ると降る(涙)は掛詞
浅茅生 は更衣の母君が更衣の里邸を卑下して言った
言はせたまふ は母君が取次ぎの女房に言はせた の意
狩の使(4)
2006/03/01 (Wed) 09:20
夜やうやう明けなむとするほどに女がたよりいだす
杯の皿に歌を書きて出したり とりて見れば
かち人の渡れど濡れぬえにしあれば
と書きて末はなし
その杯の皿に続松の炭して歌の末を書きつぐ
またあふ坂の関は越えなむ
とて明くれば尾張の国へ越えにけり
斎宮は水の尾の御時 文徳天皇の御むすめ
惟喬の親王の妹
徒歩の人が渡っても裾が濡れない入り江のやうに
浅い縁の二人で はかないお別れですね
一度は別れても また逢坂の関を越えてお逢ひしませう
やうやう = 次第に
明けなむとするほどに = 今にも夜が明けやうとする頃に
杯の皿 = 杯の台 末はなし = 下の句はなかった
男に下の句を付けさせて男の心を知りたかった
続松 = ついまつ・松明(たいまつ)と同意
水の尾 = 清和天皇 惟喬の親王の妹 = 恬子内親王




























