雨も降らぬか
2006/05/31 (Wed) 08:23
16-3837 久堅之雨毛落奴可蓮荷尓 渟在水乃玉似有将見
ひさかたの雨も降らぬか蓮葉に
渟れる水の玉に似たる見む
右の歌一首は伝へて云はく 「右の兵衛なるものあり
(姓名いまだ詳らかならず) 多く歌を作る芸を能くす
時に府家に酒食を備へ設け府の官人等を饗宴す
ここに饌食は盛るに皆荷葉を用ちてす 諸人酒酣に
歌舞駱駅せり 乃ち兵衛なるものを誘ひて云はく
『其の荷葉に関けて歌を作れ』といへれば登時声に
応へてこの歌を作りき」といへり
あの空から雨でも降ってこないものかなぁ
蓮の葉っぱに溜った水が玉のやうにきらきら光るのが
見たいものだ
ひさかたの = 雨の枕詞
雨も降らぬか = 雨が降って欲しい(願望)
酒酣に = 酒たけなはに
駱駅 = らくえき・引き続くさま
登時 = すなはち
夕顔の花
2006/05/30 (Tue) 10:13
・・・ありつる扇御覧ずればもて馴らしたる移り香
いと染み深うなつかしくて をかしうすさみ書きたり
心あてにそれかとぞ見る白露の
光そへたる夕顔の花
そこはかとなく書き紛らはしたるも
あてはかにゆゑづきたればいと思ひのほかに
をかしうおぼえたまふ
当て推量ながら源氏の君かと存じます
白露の光にひとしほ美しい夕顔の花
光り輝く夕方のお顔は
この歌は凡河内躬恒の歌の調べ 形を写して詠まれている
古今集 巻第五 秋歌下 白菊の花を詠める
百人一首にも出ています 2005/09/19 29番 凡河内躬恒
心あてに折らばや折らむはつ霜の
おきまどはせる白菊の花
沫緒に縒りて
2006/05/29 (Mon) 08:54
昔 本心で絶えることを望んだのではなく逢へないまま
交情が絶えた女のもとに
むかし心にもあらで絶えたる人のもとに
玉の緒をあは緒によりて結べれば
絶えての後も逢はむとぞ思ふ
私達の魂をあは緒結びに縒ったやうに結びつけましたので
二人の間がとだへた後も切れたままにはならず
また逢ふことが出来ると思ひます
この元歌は 万葉集 巻第四にあります
紀郎女の大伴宿禰家持に贈れる歌二首
女郎は名を小鹿と曰へり
4-0763 玉緒乎沫緒二搓而結有者 在手後二毛不相在目八方
玉の緒を沫緒によりて結べらば
ありて後にも逢はざらめやも
つれなかりける人
2006/05/28 (Sun) 00:05
昔 男がすげない女のもとに歌を詠んだ
むかし 男 つれなかりける人のもとに
いへばえにいはねば胸にさはがれて
心ひとつに歎くころかな
おもなくていへるなるべし
口に出して言ほうとすれば言へず 言はなければ胸の中に
思ひ乱れて私の心の中だけで嘆くばかりのこの頃です
臆面もなく苦しい心の中を詠んだのだらう
つれなかりける人 = 「つれなし」は心を動かさぬさま
無常冷淡であった女
いへばえに = 言へばえに
おもなくて = 臆面もなく・面目なくて ここでは前者
「古今六帖」にある関連歌
言へばえに言はねば苦し世の中を
嘆きてのみもすぐすべきかな
こもり江
2006/05/27 (Sat) 07:57
昔 男が津の国 菟原の郡(芦屋市の辺り)に住む女の所へ
通っていたが 女は 男が今度帰って行ったら もう再び
来るまいと思っている様子だったので男が
むかし男 津の国 菟原の郡に通ひける女 このたび
行きては または来じと思へるけしきなれば 男
あしべより満ちくる潮のいやましに
君に心を思ひますかな
返し
こもり江に思ふ心をいかでかは
舟さす棹のさして知るべき
ゐなか人の事にては よしやあしや
蘆が生えている岸の辺りをだんだん満ちてくる潮のやうに
いよいよますますあなたを慕ふ心が深くなります
人目に隠れた入り江のやうに外にあらはれず心に深く
思っている私の心を あなたはだうしてそれと知ることが
出来ませう
田舎物の歌としては よい歌だらうか
まずまずの出来だらう
倭文の苧環
2006/05/26 (Fri) 10:10
むかし ものいひける女に年ごろありて
いにしへのしづのをだまき繰りかへし
昔を今になすよしもがな
といへりけれど何とも思はずやありけむ
昔 かつて関係を結んだ女に何年か経って 男が
もう一度 あなたと愛し合った昔の仲を
今に取り戻す手立てがあったらなぁ
と詠んでやったが女は何とも思はなかったのか
何も言って来なかった
倭文 = しづ・古代の織物 枕詞「いにしへの」を冠する
苧環 = をだまき・糸を巻いたもの 糸を繰るところから
「繰りかへし」を引き出す
古今集 巻第十七 雑歌上 題知らず 読人知らず
いにしへの倭文のをだまき賤しきも
よきも盛りはありしものなり
静御前の詠ひ替え
しずやしずしずのおだまきくりかえし
昔を今になすよしもがな
よしや草葉よ
2006/05/25 (Thu) 11:08
むかし宮中で男がある身分の高い女房の局の前を通った時
男をどんな恨みあるものに思ったのだらうか
「まあよい 草葉よ今は栄えていても後にはどんなに衰へ
るか お前の本当の姿を見てやりませう」 といふ
そこで男は詠んだ
むかし宮の内にてある御達の局の前を渡りけるに
何のあたにか思けむ
「よしや草葉よ ならむさが見む」といふ 男
つみもなき人をうけへば忘れ草
おのがうへにぞ生ふといふなる
といふを ねたむ女もありけり
罪も無い人を呪ふと忘れ草が自分の上に生えて
人に忘れられるとか申しますよ
と詠んだのを聞いて憎らしく思ふ女もいた
御達 = 「御」は婦人の敬称 「達」は複数
局 = 障屏具などでしきってる部屋
あた = 自分に害を加へる者
恋の恨みなどで「あたに思ふ」
うけへば = 「うけふ」は呪ふ
忘れ草 = 男に忘れられるの意
忍び忍びに
2006/05/24 (Wed) 07:58
つれなき人も さこそしづむれ いとあさはかにも
あらぬ御気色を ありしながらのわが身ならばと
取り返すものならねど忍びがたければ この御畳紙の
片つ方に
空蝉の羽におく露の木隠れて
忍び忍びに濡るる袖かな
蝉の羽根に置く露が木の間隠れに見へぬやうに
人目に隠れてひっそり涙に濡れる私の袖でござひます
さこそしづむれ = そんなに冷静に構へてはいるものの
いとあさはかにもあらぬ御気色を
= 通り一遍とも思へない源氏のご様子に
ありしながらのわが身ならばと
= 昔のままの身の上であったならと
取り返すものならねど = 昔に返すよしもないことだけれど
勝間田の池
2006/05/23 (Tue) 11:03
16-3835 勝間田之池者我知蓮無 然言君之鬚無如之
新田部親王に献れる歌一首 いまだ詳らかならず
勝間田の池はわれ知る蓮なし
しか言ふ君が鬚なき如し
勝間田の池は私は知っています 蓮などありません
さう言ふあなたに 鬚がないのと同じです
右は或る人ありて聞けり 曰はく「新田部親王 堵の
裏に出て遊び勝間田の池を見まして 御心の中に
感でませり 彼の池より還りて怜愛に忍びず 時に
婦人に語り曰はく『今日遊行でて勝間田池を見るに
水影濤濤に蓮花灼灼なり おもしろきこと腸を断ち
え言ふべからず』といふ すなわは婦人この戯の歌
を作りてもはら吟詠ひき」といへり
葵花咲く
2006/05/22 (Mon) 08:54
16-3834 成棗寸三二粟嗣延田葛乃 後毛将相跡葵花咲
作主のいまだ詳らかならぬ歌一首
梨棗 黍に粟つぎ延ふ葛の
後も逢はむと葵花咲く
なしなづめ きみにあはつぎ はふくずの
後も逢はむと あふひ花咲く
梨 棗 黍に粟がついでみのり蔓をのばす葛のやうに
後にまた逢ほうと葵の花が咲く
梨棗 = 「遊仙窟」によるといふ説がある
黍に粟つぎ = 「君に逢はず」の意に掛ける
延ふ葛の = 「後も逢はむ」の枕詞
葵 = あふひ・「逢ふ日」に掛ける
植物六種がこの歌に詠み込まれています
「遊仙窟」が万葉人に与へた影響は大きいとされています
私も機会があれば一度読んでみたい本です
虎に乗り
2006/05/21 (Sun) 00:08
16-3832 枳蕀原苅除曽氣倉将立 屎遠麻礼櫛造刀自
16-3833 虎尓乗古屋乎越而青淵尓 鮫龍取将來劒刀毛我
忌部首が数種の物を詠める歌一首 名は亡失せり
からたちの棘原刈り除け倉建てむ
屎遠くまれ櫛造る刀自
境部王の数種の物を詠みたまへる歌一首
穂積親王の子なり
虎に乗り古屋を越えて青淵に
蛟龍捕り来む剣大刀もが
枳のいばらを刈り取って倉を建てやう
屎は遠くにしてくれ 櫛造りのおばさんよ
虎に跨って古屋を飛び越えて行って
蛟龍を生捕りにしてこれるやうな剣大刀が欲しいなぁ
池神の力士舞
2006/05/20 (Sat) 07:55
長忌寸意吉麻呂が歌八首
16-3830 玉掃苅來鎌麻呂室乃樹 與棗本可吉将掃為
16-3831 池神力土N可母白鷺乃 桙啄持而飛渡良武
玉掃 鎌 天木香 棗を詠める歌
玉掃刈り来鎌麻呂室の木と
棗が本と掻き掃かむため
白鷺の木を啄ひて飛ぶを詠める歌
池神の力士舞かも白鷺の
桙啄ひ持ちて飛び渡るらむ
箒にする玉掃を刈り取って来い 鎌麻呂よ
室の木と棗の木の下を掃除したいから
池の神が演ずる力士舞とでも言おうか
白鷺が桙をくわへ持って飛び渡っているのは
玉掃 = たまばはき・玉は美称 掃は箒 ここではその材料
天木香 = むろのき 棗 = なつめ
業平の「かきつばた」のやうに五文字を句の頭に据えた
歌が折句 十文字を句の頭と末に据えた折句が
「沓冠(くつかむり・くつかぶり)」です
ところが ここでは文字ではなく幾つかの語句を句の中に
織り込んで遊んでいます
落語の世界でもお客からお題(言葉)を頂き その語句を
織り込んで即席で落語を語る遊びがありますね
川隈の屎鮒
2006/05/19 (Fri) 07:41
長忌寸意吉麻呂が歌八首
16-3828 香塗流塔尓莫依川隈乃 屎鮒喫有痛女奴
16-3829 醤酢尓蒜都伎合而鯛願 吾尓勿所見水葱乃煮物
香 塔 厠 屎 鮒 奴を詠める歌
香塗れる塔にな寄りそ川隈の
屎鮒食めるいたき女奴
酢 醤 蒜 鯛 水葱を詠める歌
醤酢に蒜搗き合てて鯛願ふ
我にな見せそ水葱の羹
香を塗り込めたほど香の高い塔には近寄るな
厠のある川の隅に集まる屎鮒を喰ってひどく臭ふ女奴め
醤に酢を加へ蒜をつき混ぜたたれを作って鯛が欲しいと
願っているこの私に水葱の羹など見せないでくれ
香 = 仏前で焚くお香
厠 = 川隈・便所・川の隅で用を足すことが多かった
屎鮒 = くそふな・川隈の鮒を蔑む語としている
女奴 = めやっこ・寺などで使役された身分の低い女
醤 = ひしほ
蒜 = ひる・葱に似た野菜
水葱の羹 = なぎのあつもの
うつせみの身
2006/05/18 (Thu) 10:08
御硯急ぎ召して さしはへたる御文にはあらで畳紙に
手習のやうに書きすさびたまふ
うつせみの身をかへてける木のもとに
なほ人がらのなつかしきかな
と書きたまへるを懐に引き入れて持たり かの人も
いかに思ふらむと いとほしけれど かたがた思ほし
かへして御ことづけもなし かの薄衣は小袿の
いとなつかしき人香に染めるを身近くならして
見ゐたまへり
蝉が殻(も)抜けて羽化していったあとに残された殻に
やはりあなたを なつかしみます
人がら = 「人殻」すなはち残された小袿(こうちき)を
「人柄」に掛けている
かの人 = 軒端の萩
御ことづけもなし = 軒端の萩への手紙を小君に
託すこともなさらない
空蝉が脱ぎ残していった薄衣の小袿が
影の主役を演じているやうな印象の残る章です
花の賀
2006/05/16 (Tue) 11:08
昔 東宮の女御のもとで催された花の賀に召し加へられた
ときに男が詠んだ歌
むかし春宮の女御の御方の花の賀に
召しあづけられたりけるに
花に飽かぬ歎きはいつもせしかども
今日の今宵に似る時はなし
花に心を残して別れる悲しさは いつの年にも覚えたもの
ですが 今日の今宵は今までにも似ず とりわけ悲しい
思ひがします
春宮の女御の御方 = 春宮(皇太子)を生んだ母の女御
即ち「二条の后 高子」である
二条の后高子は清和天皇の女御で
陽成天皇となった皇太子 貞明親王の母である
召しあづけられ = 賀の催しに召されて祝宴のための
仕事の一部を委任されること
この歌は一見 賀歌で見へますが 過去の恋の思ひを后に
対して詠んでいることは当の后は勿論のこと
他の人たちにも分かったと思ひます
あふごかたみ
2006/05/15 (Mon) 08:42
昔 色好みであった女が他の男にひかれて男の家を出て
行ったのでその男が詠んだ歌
むかし色好みなりける女 いでて去にければ
などてかくあふごかたみになりにけむ
水もらさじと結びしものを
だうしてこのやうに逢ふことが難しくなってしまったのか
水も漏らさない仲でいやうと誓い合ったのに
色好み = 風流好み(男好きの意とは異なる)
あふごかたみ = 逢ふ期難み・逢ふ時が得難い
あふご = 朸(あふご 天秤棒)に掛けている
かたみ = 筐(かたみ 竹で編んだ籠)に掛けている
などてかく = だうしてこのやうに
結びし = 契る・水を汲むの意に掛けている
筐(籠)は 朸(天秤棒)でかつぐ
竹で編んだ籠に水を汲んでも漏れるばかりですね
たらひの影
2006/05/14 (Sun) 09:47
昔 男が女のところに一晩行って二度とは行かなくなって
しまったので女は手を洗ふ所で 丁度 盥(たらひ)の上に
かける貫簀(ぬきす)が除けてあって自分の顔が盥の水に
映って見えたので 自ら次の歌を詠んだ
むかし男 女のもとに一夜いきて またもいかずなりに
ければ女の手洗ふ所に貫簀をうちやりて
たらひのかげに見えけるを みづから
わればかり もの思ふ人は またもあらじと
思へば水の下にもありけり
とよむを来ざりける男 たち聞きて
みなくちにわれや見ゆらむ かはづさへ
水の下にてもろ声に鳴く
私ほど悲しい思ひの人は ほかにはいないと思って
おりましたら この水の下にもいましたわ
水の下で泣く人とは水口に私の姿が現れたのでせう
田の水口の蛙までもが水底で声をあはせて鳴いているで
はありませんか 私もあなたと声をあはせて泣いています
もろこし船
2006/05/13 (Sat) 08:46
昔 五条辺り住む女を得ることが出来なくなってしまった
と悲しんでいる男が 或る人への返事に詠んだ歌
むかし男 五条わたりなりける女をえ得ずなりに
けることと わびたりける 人の返ごとに
思ほえず袖にみなとのさはぐかな
もろこし船の寄りしばかりに
思ひがけず あの人との縁も切れて 私の袖には港の水が
荒れて波立つやうに悲しみの涙があふれます
それはまるで珍しい唐船がいきなり港に寄って来たほど
にも激しい涙の波が立つのです
わびたり = 「わぶ」は嘆くの意
「五条わたりなりける女」は二条の后 高子
男は業平でせうが だうもこの歌は はっきりすっきり
しません
新古今集には読人不知として出ています
帚木
2006/05/12 (Fri) 00:04
帚木の心を知らで園原の
道にあやなく惑ひぬるかな
聞こえむかたこそなけれ」とのたまへり
女も さすがに まどろまざりければ
数ならぬふせ屋におふる名の憂さに
あるにもあらず消ゆる帚木
と聞こえたり
近づけば消えるといふ帚木のやうなつれないあなたの
心も知らないで園原への道に空しく迷ってしまひました
しがない貧しい家に生えていることが
情けなうございますので いたたまれずに
消へてしまふ帚木なのでございます
しがない身の上なのでお逢ひするのを避けた・・の意
帚木 = ははきぎ
聞こえむかたこそなけれ = 申し上げやうもございません
ふせ屋 = 貧しい家
巻第十一 恋歌一 坂上是則の歌に
園原や伏屋に生ふる帚木の
ありとは見えて逢はぬ君かな
双六のさえ
2006/05/11 (Thu) 06:56
16-3827 一二之目耳不有五六三四佐倍有來雙六乃佐叡
長忌寸意吉麻呂が歌八首 双六の頭を詠める歌
一二の目のみにはあらず五六三
四さへありけり双六のさえ
一の目 二の目だけではない 五の目 六の目 三の目
それに四の目まであったよ この双六の賽に
一二 = いちに 五六三 = ごろくさむ 四 = し
訓読みが変れば句の切れ目も変ります
1-0048 東野炎立所見而反見為者月西渡
東(ひむがし)の野に炎(かぎろひ)の立つ見えて
かへり見すれば月かたぶきぬ
賀茂真淵がこのやうに訓読みする以前は
次のやうに訓読みされていたとか
東野(あづまの)に煙(けぶり)の立てる所見て
かへり見すれば月かたぶきぬ
食薦敷き
2006/05/09 (Tue) 07:20
16-3825 食薦敷蔓菁煮将來梁尓 行騰懸而息此公
長忌寸意吉麻呂が歌
行騰 蔓菁 食薦 屋梁を詠める歌
食薦敷き青菜煮持ち来梁に
むかばき懸けて息むこの君
食薦(すこも)を敷いて青菜を煮て来い 梁(うつはり)に
行騰(むかばき)をかけて休んでいるこの君に
行騰 = むかばき・腰に下げて腿から下を被うもの
食薦 = すこも・食卓に敷く薦製の敷物
屋梁 = やのうつはり・家の棟を受ける梁
訓読みで「てにをは」が異なると歌意も違ってきます
食薦敷き青菜煮て来む梁に
むかばき懸けて休めこの君
食薦を敷いて青菜を煮て来ませう 行騰を解いて梁に
引っ掛けて休んでいて下さいね 旦那様
狐に浴むさむ
2006/05/08 (Mon) 00:08
16-3824 刺名倍尓湯和可世子等檪津乃
桧橋従來許武狐尓安牟佐武
長忌寸意吉麻呂が歌八首
さし鍋に湯沸かせ子ども櫟津の
桧橋より来む狐に浴むさむ
右の一首は伝へて云はく ある時に衆集ひて宴飲しき
時に夜漏三更にして狐の声聞こゆ すなはち衆諸
意吉麻呂を誘ひて曰く この饌具 雑器 狐の声 河 橋
等の物に関けてただに歌を作れ といひき すなはち
声に応へてこの歌を作りき といふ
さす鍋に湯を沸かせ 者どもよ 櫟津の桧橋を渡って
「こむこむ」とやって来る狐めにぶっかけてやるのだ
櫟津 = いちひつ(地名) 雑器の一つである櫃(ひつ)の
語が隠れている
桧橋 = 「河 橋」に当たる
来む = こむ 「狐の声」に当たる
饌具 = 炊事や飲食用の器具 さし鍋もその一つ
雑器 = さまざまな家具
童女放髪
2006/05/07 (Sun) 10:21
16-3822 橘寺之長屋尓吾率宿之
童女波奈理波髪上都良武可
16-3823 橘之光有長屋尓吾率宿之
宇奈為放尓髪擧都良武香
古歌に曰く
橘の寺の長屋にわが率寝し
童女放髪は髪上げつらむか
右の歌は椎野連長年 説きて曰く「それ寺家の屋は
俗人の寝る処にあらず また若冠女を称ひて放髪丱と
いふ 然らばすなはち腰句すでに放髪丱と云へれば
尾句に重ねて著冠の辞を云ふべからざるか」といへり
決めて曰く
橘の照れる長屋にわが率寝し
童女放髪に髪上げつらむか
寝る夜なければ
2006/05/06 (Sat) 10:57
見し夢をあふ夜ありやと嘆くまに
目さへあはでぞ ころも経にける
寝る夜なければ」など 目も及ばぬ御書きざまも
霧りふたがりて心得ぬ宿世うち添へりける身を
思ひ続けて臥したまへり
先夜の夢が現実のものになって再び逢ふ夜があらうかと
悲しんでいるうちに目までも合はないで(眠れもしないで)
何日も経ってしまひました
夢が合ふ = 夢が現実になる・・の意
「合ふ」に「逢ふ」を掛けている
寝る夜なければ = 「拾遺集」(後述)
目も及ばぬ御書きざま = すばらしいお手紙の書きぶり
拾遺集 (源順) には
恋しきを何につけてか慰めむ
夢だに見えず寝る夜なければ
逢はで寝る夜
2006/05/05 (Fri) 00:08
昔 男がいた 逢はうとも逢ふまいとも はっきり言はな
かったが いざとなると やはり逢はうとしなかった女の
ところに歌を詠んで贈った
すると色好みな女が返しの歌を寄こした
むかし男ありけり あはじともいはざりける女の
さすがなりけるがもとに いひやりける
秋の野に笹わけし朝の袖よりも
逢はで寝る夜ぞひちまさりける
色好みなる女 返し
見るめなきわが身をうらと知らねばや
離れなで海人の足たゆく来る
秋の野で露がいっぱいの笹を分けあなたに逢って帰った
朝の袖よりも あなたに逢はないで独り寝る夜の方が
悲しみの涙でよけいに濡れました
何のみどころもない私の身を憂いものとご存知ないからで
せうか 離れもせず疲れた足を引きずって
あなたはたびたびおいでになるのでせうね
千夜を一夜 (2)
2006/05/04 (Thu) 00:10
いにしへゆくさきのことどもなどいひて
秋の夜の千夜を一夜になずらへて
八千夜し寝ばやあく時のあらむ
返し
秋の夜の千夜を一夜になせりとも
ことば残りてとりや鳴きなむ
いにしへよりもあはれにてなむ通ひける
長い秋の夜の千夜を一夜に見て その八千夜を
ともに寝たなら満足するときがあるでせうか
長い秋の夜の千夜 これを一夜にしましても まだまだ愛の
言葉が尽きないで夜明けを告げる鶏が鳴くことでせう
かうして男は以前よりもしみじみと情を込めて
女のところへ通った
いにしへゆくさきの = 今までのこと これからのこと
いひて = 語り合って
別れた夫婦がめでたくよりを戻すお話でした
千夜を一夜
2006/05/03 (Wed) 00:08
むかし はかなくて絶えにける仲
なほや忘れざりけむ女のもとより
憂きながら人をばえしも忘れねば
かつ恨みつつ なほぞ恋しき
といへりければ「さればよ」といひて男
あひ見ては心ひとつを かはしまの
水の流れて絶えじとぞ思ふ
とはいひけれど その夜いにけり (続)
あなたをつれない方だと思ひますけれど忘れる事が出来ま
せんので恨めしく思ひつつもやはり恋しく思ひます
お互ひ夫婦となったからには 心一つに真心を交して
川の水が中洲にせかれて別れてもまた再び一緒に流れる
やうに絶えず仲良くしたひものです
はかなくて = かりそめの縁を結んで
さればよ = それ見たことか
かはしまの = 川島の・川の中の島・「交す」の掛詞
「憂きながら」は新古今集の恋歌に
「読人不知」として出ています
楓のもみぢ
2006/05/02 (Tue) 12:10
昔ある男が大和の国に住む女を見て求婚して情けを通じた
その後しばらくして 男は宮仕への身だったので京へ戻る
途中 三月ごろではあったが楓の紅葉がとても美しく
それを折って女の元に旅の途中から歌を詠んで贈ったとこ
ろ返事は男が京へ帰った後に持ってきたのだった
むかし男 大和にある女を見て よばひてあひにけり
さて ほど経て宮仕へする人なりければ帰り来る道に
三月ばかりに楓のもみぢのいとおもしろきを折りて
女のもとに道よりいひやる
君がため手折れる枝は春ながら
かくこそ秋のもみぢしにけれ
とてやりたりければ返り事は京に来着きてなむ
持て来たりける
いつの間にうつろふ色のつきぬらむ
君が里には春なかるらし
あなたのために手折った楓の枝は春の季節ですが
こんなに秋のやうな紅葉の色になっていましたよ
(私の思ひがこんなにさせたのです)
いつの間に色がついてしまったのでせう きっとあなたが
住んでおられるところは秋ばかりで春はないのでせうね
(私に飽きが来たにちがいありません)
うつろふ = 色変りする
天雲のよそ
2006/05/01 (Mon) 00:11
昔 帝にお仕へしている女人のもとに勤めていた女房と
語らひを交はしていた男が 間もなくその女と別れて
しまった 同じ宮廷内なので男の姿が女の目に入るものの
男は女のことなど眼中にはない
女が贈る恨み歌に男は あなたのせいだとの歌を返す
むかし男 宮仕へしける女の方に御達なりける人を
あひ知りたりける ほどもなく離れにけり
同じ所なれば女の目には見ゆるものから男はある
ものかとも思たらず 女
天雲のよそにも人のなりゆくか
さすがに目には見ゆるものから
とよめりければ男 返し
天雲のよそにのみして経ることは
わがゐる山の風はやみなり
とよめりけるは また男ある人となむいひける
あなたは雲のやうに遥かに遠ざかって私に疎くなって
ゆくのですね 私の目にはやはりまだお姿が見へますのに
私が雲のやうに遠ざかって過ごしてばかりいるのは
雲が落ち着く山の風が早いやうに あなたが私を
寄せ付けないからですよ




























