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猪名川

万葉集 巻第十六 由縁ある雑歌
むかし一人の男がいた 結婚してまだそれほど日が経た
ない頃 駅使に任命され遠い国に派遣されてしまった
公務には定めがあって任地を離れる事が出来ず
今度いつ逢へるかさへ分からなかった
新妻は嘆き悲しんで遂に病の床に伏す身となった
何年か後に男が帰京し妻のもとに赴いて見ると
妻は痩せ衰へ やつれ果てその変りやうは言葉に
ならないほどであった その時 男は悲しみ涙を流して
歌を作り口ずさんだ

  昔壮士ありき 新たに婚礼を成せり いまだ幾時も
  経ずして忽ちに駅使となりて遠き境に遣はさゆ
  公事に限り有り 会ふ期は日無し ここに娘子
  感慟き悽愴みて疾病に沈み臥しぬ 年累ねて後に
  壮士還り来りて覆命すこと既に了りぬ すなはち
  詣りて相視るに娘子の姿容 疲羸は甚く異にして
  言語哽咽す 時に壮士 哀嘆み涙を流し
  歌を裁りて口号みき  其の歌一首

16-3804 如是耳尓有家流物乎猪名川之
      奥乎深目而吾念有來


かくのみにありけるものを猪名川の
  奥を深めてわが思へりける


こんなにもやつれ果てて 可愛そうに
私は猪名川の深い水底のやうに心の奥深く
若く美しいお前を想ひ続けていたんだよ

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ちゃむ

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