うつせみの身
2006/05/18 (Thu) 10:08
御硯急ぎ召して さしはへたる御文にはあらで畳紙に
手習のやうに書きすさびたまふ
うつせみの身をかへてける木のもとに
なほ人がらのなつかしきかな
と書きたまへるを懐に引き入れて持たり かの人も
いかに思ふらむと いとほしけれど かたがた思ほし
かへして御ことづけもなし かの薄衣は小袿の
いとなつかしき人香に染めるを身近くならして
見ゐたまへり
蝉が殻(も)抜けて羽化していったあとに残された殻に
やはりあなたを なつかしみます
人がら = 「人殻」すなはち残された小袿(こうちき)を
「人柄」に掛けている
かの人 = 軒端の萩
御ことづけもなし = 軒端の萩への手紙を小君に
託すこともなさらない
空蝉が脱ぎ残していった薄衣の小袿が
影の主役を演じているやうな印象の残る章です